「相合傘事変」>>「悪いこととは訳が違う」>> わたしの通っている大学は私立なので学生数が多く、クラスも二十組以上あるのが普通だ。とは言っても語学以外は大教室にて複数のクラスと合同で受講するので、クラス内での人との関わりは多いとは言えない。それでも仲のいい人同士は異性でもそれなりの交友関係を築いていて、空きコマに遊びに行ったり授業終わりにご飯を食べに行ったりするらしい。わたしは女友達としかそんなことはしたことがない。クラスの男子に名前を覚えてもらえているか怪しいレベルである。 そんなある日の今日、その考えが杞憂だったのかもしれないと思えることが起こった。駅からの道のりを歩いていると後ろから肩を叩かれ、振り返るとそこには同じクラスの飯島くんがいたのだ。今までに片手で収まる程度の回数しか話したことのない彼が一体何か用だろうか、と身構えていると彼は朗らかな笑顔で「やっぱりさんだ」と言ったのだった。 「後ろ姿見て、そうかなーと」 「は、はあ」 その様子をうかがうに、何か用がある雰囲気ではない。な、なんだこの人、知ってる人の後ろ姿見つけたら声掛けようと思うタイプの人なのだろうか。そんなタイプ初耳だけどものすごくしんどそうな生き方だ。 もちろんそんなことは言えず、なんとなく愛想笑いをするとその流れで一緒に大学へ向かうことになった。彼も二限かららしく、選択授業は違うのを取っていたためお互いの講義について話した。初対面の域を脱していない彼との会話はそれなりに気を遣うので沈黙のたびに一人焦っていたのを飯島くんは気付いていないだろう。大学の敷地内に入ったし、もう少しで彼の目的地に着くのでそれまで頑張れわたし。 「!」 「うわっ」 するとまたもや後ろから、しかしさっきより強く肩を叩かれ、反射で振り返った。呼び方からして犯人は明らかなのだがそれを考える前にわたしの脊髄が本気を出した。おまえまで、朝から何か用かね。 「利吉」 「やっ。おはよう」 「おはよう。…なに?」 「なにって、が見えたから」 「えっと、…どなたですか?」 「幼なじみの山田利吉です」 見知らぬ人物の登場に驚く飯島くんを気にも留めず、人当たりのいい笑顔で自己紹介をする利吉。横に並んでいたところを割り込まれ、わたしはむりやり退かされた。力で退かされたのではなく、うまい具合にとても自然に、わたしが動かざるを得ないような位置に立ったのだ。飯島くんとの距離が空いたことに対してはどうとも思わないけれど間に割り込む意味がわからなかった。社交的な飯島くんはすぐに持ち直しあくまで自然に入ってきた利吉に疑う様子もなく自分の名を名乗ったが、すぐに彼の目的地である第一校舎に着いたのでそのまま別れた。彼は明日から利吉に会ったら声を掛けるのだろうか。そこは彼のみぞ知るところである。考えるのも面倒くさいとも言う。 「同じクラスの人?」 「そうだよ」 「へえ」 「利吉一限あったの?」 「いや、レポート印刷しに図書館行ってただけ」 「あー。次授業どこ?」 「第二校舎」 「一緒だ」 「そうか」 利吉との会話は全く疲れない。肩を張る必要もないし、会話も省エネで事足りる。慣れと言えばその通りだろう。歩くのに合わせてなびくロングスカートを眺めながら、視界の隅にちらちら映る利吉の長い足の存在を確認する。飛び抜けて私服のセンスがいいとは思わないのに、何を着てもサマになるこいつが恨めしい。だからわたしはせっせと足に当たる柔らかい布地の感触を楽しむ。今はこんなことをする余裕もあるのだ。 「何限終わり?」 「よーん」 「直帰?」 「うん」 「じゃあ一緒に帰ろう。終わったら迎えに行くからさ。教室どこ?」 「……」 利吉は昔から、一人でいるのが割とすきだった。それは今も変わらないはずで、なのにどうしてわざわざわたしとの帰宅を望むのだろうか。今日は雨の予報もないのに。彼の思惑を探るため顔を上げ目を見てやる。が、父親譲りのつり目が後ろめたさの欠片もなく自信満々にわたしを見返すのですぐにすっと目を細め、探るのをやめた。 「306教室」 「お、近い。すぐ行くから待ってろよ」 表情筋によって細められた目は綺麗な弧を描いている。反対にわたしは面白くなくて、口をへの字に曲げた。 |