「相合傘事変」>> 「ー早くご飯食べに来いってさ」 「ちょ、ノックしろ!」 十九時、一人で二階の部屋にいたら突然利吉がドアを開けてそう言った。今さっき部屋の片付けを始めたところだったので辺りには衣類が散乱しているし掛け布団は半分ベッドからずり落ちていた。机の上もレジュメやいらないプリントで山ができている、そんな惨憺たる状況だったのだ。咄嗟にノックしろなんて叫んだけれどドアを開けるなの方が今の気持ち的には的確だった。そんなことを思ってもあとの祭りなのだけど。形容できない奇声を発しながら利吉を追い出そうとドアに手を掛けるけれど彼が力を込めてしっかり固定していたのでそれは叶わなかった。 「で、出てけよ!今掃除中なの!」 「あ、そうだったのか」 「見ればわかるでしょ!」 「わかんないって」 わたしは部屋の片付けを毎週金曜の夜にする。それが、利吉の家族とご飯を共にする今日と重なってしまったのだ。恨めしい。食事会開催の言い出しっぺである母が恨めしい。下ではもうお酒が入っているのか、四人の賑やかな声がここまで響いてきていた。 だいたい、大学生にもなったのに利吉はわたしの部屋に入ることに躊躇がなさすぎる。常識やぶりではないし外に出なくてもしっかりした人間であるのは間違いないけれど、どこに線引きされているのか彼はほとんどわたしに対して、相手を顧みず図々しい一面があるのだ。誰とも帰りたくないと言ったのにそれを無視したり、出てけと言ってもそこを動かなかったり。何を考えているかは知らないけれど笑えば許されると思っていそうでむかつくところである。実際流されているから尚更むかつく。用件伝えたんだからもう下行けよ。 「ねえ」 「なに?」 「早く下行きなよ。わたしもあとで行くから」 「まあまあ。ドア手離して」 「離すから閉めて」 「わかったわかった」 利吉の了承に不信感を募らせつつも手を離すと、なんと彼は自分を残したまま後ろ手にドアを閉めたのだ。つまり利吉は部屋にいる。むしろさっきより完全に入っている。 「おい!」 「廊下寒かったなあ」 「リビング戻りなよ」 「俺話し相手いないんだよ。両親たちは飲んでるし」 「ごめんここにもいないから。ほんと、…いっつもこんな汚いわけじゃないから」 視線を逸らしても目に入るのは散らばった洋服やプリントばかりで恥ずかしかった。見られてまずいものはもうしまってあるからまだいいのだろう。けれど、片付けを週一でしかせずそれ以外は物をぽんぽん放りっぱなしにしておく自分が悪いとはわかっていても、恥ずかしくて利吉の目を見れなかった。すると俯いた頭上でふっと笑い声が聞こえた。 「わかってるさ。金曜って一番汚れるよな。俺も今部屋すごいことになってる」 「………」 それが本当かは知らない。でも、金曜が片付け日ということをわかってくれたことがわたしの心を軽くしてくれたのは事実だった。こいつは何なんだろうか。こないだの傘のときやさっきだって自分勝手に話を進めるくせに、わたしへのフォローを忘れない。優しい奴だとは知っているけれど、それにしたって。……わたしは振り回されている。 「おいおい、なんでそんな落ち込むんだ」 「落ち込んでないし。もう、片付けるから出てって」 「俺のことは気にしないでいいからどうぞ」 「……」 前もそんなことを言われた気がする。あっさり一人用のイスに座ってはいどうぞと言うかのようににこりと笑った利吉に、もう観念したわたしはわざと大きなため息をついてから足元に散らかった洋服を畳み直した。母がせっかく畳んでくれた洗濯物も、ここに運ばれたら次の日にはこの有様だ。 「その洋服、雨の日着てたやつ?」 「うんそう」 「だよな。あのとき言おうと思ったんだけど、似合ってたよ」 「…どうも」 それはたまたま最近買って、あの日初めて着たワンピースだった。何も考えないように、ハンガーに掛けてクローゼットにしまう。そこに掛けてあるものはPコートやチャコールのカーディガンやチェックのシャツワンピースで、冬だからあまり明るい色はないけれど、デザインはどれも気に入ったものばかりだった。未だ床に散らかっているトップスやショートパンツやスカートだって同じだ。それらに目をやってから、イスに座っている利吉を見た。彼も同じものを見ているのか視線は下向きだった。それから、わたしに気付いて上を向いた。口元に笑みをオプションで。 「も女の子らしくなったな」 「……うるさい」 べつに言われたかった言葉じゃない。この歳にもなって言われて嬉しいわけではない。ただただ純粋に恥ずかしくて、そんな切り返ししかできなかったのだ。 |