五限が終わったあと、なんとなく友人とは誰とも一緒に帰りたくなくて、大学内の本屋にわざと寄ってみんなと帰る時間をずらすことにした。不仲というわけではないけれど、一年も終わりに近付くこの頃になってマンネリ化してきたのかもしれない。どこの大学もこういうものなのだろうか、わたしのクラスの女子は一桁なので、全員と仲良くすることが望ましいだろう。わたしは割とそれができている方だと思うし、そりゃあ反りが合わない子もいるけれど大学生活の範囲での会話ぐらいならたいしたことはない。何が言いたいのかというと、今日誰とも一緒に帰りたいと思わないのはマンネリ化ゆえのほんの気まぐれだということだ。 目的もないので新刊の棚と文庫本の棚を徘徊する。文庫本の煽り文句はいつも購買意欲を掻き立てられるから本屋さんはすごいと思う。わたしは気になった本を手に取り裏返し、裏表紙のあらすじを読むという動作を繰り返していた。 「?」 名前を呼ばれてパッと顔を向けるとそこには利吉がいた。普段男子から呼ばれることのないわたしの名前を低い声で呼ぶのは幼なじみの彼だけだ。たいして会いたくもなかったので、やあ、と手を上げる利吉に会釈しかせずに文庫本を棚に戻した。 「五限終わり?」 「うん」 「その本買わないの?」 「うん」 「そうか」 表紙が見えるように置かれていたそれは新刊らしく、黄色い紙に赤いペンで書かれたポップは目立ちもするけれどどこかオムライスを彷彿させた。本の表紙はすきだけれどあらすじがいまいちだったから買わない。立ち去らずむしろその本を手に取った利吉に無意識のうちに顔をしかめた。早く帰れよと、いけめんは何をやっても様になるからむかつく、のコンボだ。 「のすきそうな表紙だ」 「……あっそ」 「話がすきじゃなかったのか?」 「おまえは店員さんか。どんだけ買わせたいんだよ」 「ははっ。そんなつもりじゃないさ」 悪びれているのだろうか。さっきからずっと笑顔の利吉にそのような様子は見受けられない。早く帰ってほしいので出くわしたときから彼が持っている本には突っ込まないでおく。どうせ資格の参考書だ。この前簿記の資格を取りたいと言っていたのを覚えている。 今日だけだろうか、この時間の本屋は人が少なかった。入ったときは二、三人いたはずだけれど、今はもう人影は見当たらない。店員さんが二人とわたしたちだけだ。静まり返ったこの空間は、しゃべっているとなんだか奇妙な感覚に陥る。 「早く帰りなよ」 「あー、そうしたいところなんだけどな」 「なに?お金ないの?」 「いや、あるけど。外雨降ってただろ?」 「うん。……傘か」 「そうそう」 参ったよ、折り畳み傘持ってきたと思ったら入ってなかったんだ、とか苦笑いする利吉に呆れた眼差しを向ける。こいつはしっかりしてる男かと思えばこういうちょっとしたところで抜けているのだ。 「な、傘持ってるよな」 「持ってるけど」 「入れて」 「は?!」 「よし、本買ってくる」 そう言って利吉はスタスタと会計へ行ってしまった。何か言い返そうと思うも、こうなったら聞かないだろう。きっと利吉の頼み通り奴に傘を貸す羽目になるのだ。正直嫌だけど。傘を持つのはもちろん利吉でお互い異論はないだろうが、付き合ってもいない男女が相合傘なんて。カップルでさえ相合傘をしたらリア充爆発しろと思われるのに、冤罪をかけられるのは嫌だ。そうでなくても今日わたしは気楽に、誰にも気をつかわずに一人で帰りたかったからここに来たのだ。それなのに利吉みたいなイレギュラーの応対を余儀なくされるなんて。 「おまたせ。帰ろうか」 「…わたし今日、一人で帰りたかったんだけど」 「え、なんで?」 「なんでって…誰にも気つかいたくなかったから」 「へえ」 へえっておま。ギロリと睨むけれど利吉は怯まない。馬鹿正直にへえそうなんだ、といった表情から、にこにこと人当たりのよさそうな笑顔を浮かべた。 「じゃあ俺には気つかわなくていいからさ。一緒に帰ろう」 そういう問題じゃない、と思うけれど、華麗に奪われた傘を取り返そうとはしなかった。 |