09

「コタローどれタイプ?」


柔軟がちょうど終わったところで、隣に座り込んでた友人たちに話し掛けられた。そっちに顔を向けると二人は何かの雑誌を見てるらしく、広げられたページには綺麗めの女の人十人くらいの立ち姿が載っていた。女子の忘れ物か何かだろうとすぐに合点がいった俺は二人の向かいに座り込みそのファッション雑誌を覗き込んだ。ザッと右から左へ目を移し、一番ピンときたモデルを指差す。


「俺これ」
「お?コタローおまえ、結構ひかえめなタイプすきなんだな?」
「もっとイケ女がすきだと思ってたわー」
「え、そお?」


ハタからはそう見えるんだ。そりゃー明るい子はすきだけど、ていうかべつに、指した子もそこまでひかえめには見えないけどなあ、と首を傾げてると、俺の後ろで誰かが立ち止まった気配がした。振り返ってみるとそこにはレオ姉がいて、三人で囲んでる雑誌に気が付くと目を丸くした。


「何してんの?」
「あ、玲央はどれがかわいーと思う?」
「は?…ああ、…一番左の子の服は可愛いと思うわ」
「服じゃなくて顔で!」
「かお〜?」


レオ姉は眉をひそめ少し目を動かしただけで「どれも同じに見える」とばっさり言いのけそのまま立ち去ろうとしたので、俺も立ち上がって追いかけた。あとでワンオンワンしようと誘おうと思ったのだ。「レオ姉、」コートの線をまたいだところで、立ち止まり振り返る。しかめられたその顔はもう見慣れたものだったけど、どんなに見慣れても理由はいつもわからなかった。


「あんた…あーいう話、間違ってもの前ですんじゃないわよ」
「…え、するわけないじゃん。なんで?」


思いがけない忠告に目を瞬かせる。の名前が出たことにも驚いたけど、どうしていきなりそんなことを言われたのか、わけがわからなかった。ああいう話をサークル仲間やクラスの連中に混ざってするのはよくあることだし、わざわざレオ姉に言われなくたってそんな、に聞かせるわけがないのに。
そういえば前もこんなことを言われた気がする。宅飲みの二日後のサークルのときも、…あああれはちょっと違うか?でもなんとなく、含まれてる意味合いは同じな気がする。あの頃から何か変だ。「べつに?ならいいけど」そう言うレオ姉に疑問は消えず、首を傾げるしかできない。


「? なに言ってんのレオね、」
「あ、小太郎、レオちゃん」


ぎょっとして振り返ってしまう。思った通り結木ちゃんだった。俺があの一件で若干距離をとるようにしてることにこの子はまるで気が付いてないらしく、今も変わらず話し掛けてくる。決して彼女が嫌いな訳ではないのだけど、どうしても以前は感じなかった嫌な空気を感じてしまうのだ。体の向きを変えながらさりげなく彼女から離れる。そして、彼女が体の前で抱えているものに気が付き、あ、と思っていると、レオ姉が代わりにとでもいうように口を開いた。


「あら、その雑誌結木ちゃんのだったの?」
「そうだよ!もー昨日忘れてっちゃってさあ。あいつら何見てるのかと思ったらこれでびっくりしたー」
「ごめんなさいね、そうとは知らずに。私たちも一緒に見ちゃってたわ」
「あはは、全然いいよ。あ、可愛い子どれだって話してたんでしょ?ちなみに二人はどの子って言ったの?」


さっき見ていたページを広げ、提示してくる彼女。俺自身は動こうとはせず、隣の様子を目でうかがう。レオ姉は差し出された雑誌を眺めながら、右手を頬に当て苦笑いを漏らした。


「どれも同じに見えるのよね」
「さすがレオちゃんだわ…」


さっきよりもマイルドな物言いは対女子用の態度だろう。俺らのときはもっとピシャリって冷たかったのに。まあレオ姉の人によってクルクル態度変えるとこももう慣れたけど。目を逸らしながら思い、そのまま話が終わらないかなと淡い期待を抱いていると、彼女がくるりとこちらに向いたことでそれはあっけなく崩れ去った。


「小太郎は?」
「…これ」


さっきと同じ子を指差すと、結木ちゃんはさっきの奴らと同じように目を見開いた。……あ、なんかミスったかも。「へえ、なんか、意外……もっと明るい系すきかと思ってた」そしてさっきまでの元気はどこへ行ったのか、かすかに震えてすらいるような声に、俺の嫌な予感は最高潮に達した。


「私とか全然違うじゃんね」


自嘲気味に零す彼女に、曖昧な苦笑いしかできなかった。