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「それでなんでそういう話になんのよ」


呆れたように溜め息をつくレオ姉にこっちが聞きたいよと返す。正直参ってるのだ。
なぜかあのあとの練習中、結木ちゃんに今度飲みに行こうと誘われ、俺が呆気に取られてる間に具体的な日時や場所まで決まってしまった。学部飲み、なんて体で他の男子も誘われ断るに断れない状況になってしまい渋々頷いたのだけど、これがただのサークル仲間の飲み会というにはなんか変だっていうのはいくら馬鹿な俺でもわかる。どうにも困った展開だと思った俺は現在、半ば無理やりレオ姉の家に上がり込んで話を聞いてもらってるのであった。


「そいつもグルなんじゃない?」
「俺もそう思う。…ねえレオ姉一緒に来てよ〜学部飲みとかぶっ壊してよ〜」
「あらごめんなさい。その日はクラス会があるのよね」
「ぐ〜〜薄情者〜…」


白々と断られテーブルに突っ伏す。参加することになった同じ学部の男子はちょっと前に結木ちゃんと話してるのを見掛けた奴だ。もしかしたら俺のただの自意識過剰かもしれないし本当にそうならすごく助かるけど、残念ながらここまでくるとその可能性がかなり低いこともわかってる。断ればいい、でも一応同じサークルのメンバーでこれから四年間付き合ってく仲だから変な波風は立てたくなかった。結木ちゃんの気持ちに応える気は毛頭ないが、だからといって変にこじれて険悪な関係にもなりたくないのだ。……ああでも変に気を持たせるのも…ってこれ、レオ姉が前言ってたことじゃん。あんときは絶対レオ姉の勘違いだと思ってたのにまさかその通りだったとは、思ってもみなかった。
テーブルに突っ伏したままやっぱ断ろうかなあと頭を抱えていると、向かいに座っていたレオ姉が頬杖をつきながら再度あからさまな溜め息をついた。


「あんたの恋愛事情とか興味ないけど。はっきり言っちゃえばいいじゃない。がすきなんでしょ?」
「うん…」


中学でも高校でも俺がをすきなことは誰にも言わないできたけど、レオ姉にはこないだの宅飲みでさすがにバレてる。あんな堂々とカミングアウトしたんだし当然だと思ってたのに、しかしそれについてレオ姉が今まで直接突っ込んでこなかったから忘れていた。
俺は、あの日酔った勢いで本音を吐いてしまったあと、がどんな反応をしたのか未だに知らないでいる。次の日怒ってなかったとこを見るとおそらく気にすることでもないとか思われたのかもしれない。意識されてないのはつらかったけど、嫌われる事態に至らなくてよかったとも思っていた。
聞いた話によるとあのあとはすぐ気分が悪くなって飲み会はお開きになったらしい。けど、レオ姉は少なくとも彼女の反応を見てるだろう。それでも何も言ってこないってことは俺にとって致命的なことは言ってなかったんだと思う。(単に心底俺の恋愛事情に興味がないだけかもしれないけど)掘り返す勇気もない俺は、そう結論づけて何事もなかったかのようにと接することにしたのだった。

レオ姉は視線を落としたと思ったら眉をひそめ、近くの棚に置いてあった小箱から何かを取り出した。黙って目で追うとそれが爪磨きだというのに気が付いて途端に脱力してしまう。…すげーどうでもよさそう。せこせこ爪を磨き出したレオ姉は自分が現在俺のもう一人の懸念人物であることを知らないのだろう。


「…さあ、レオ姉のこと実渕くんって呼ぶじゃん」
「え?何よいきなり」
「だからさ、あいつ、レオ姉のこと男として見てそうで、ちょっと不安になんだよね」


偶然とはいえ大学でを見つけたとき迷わずレオ姉に彼女を紹介したのは、そうなる可能性をまったく考えてなかったからというのもあった。完全に安心しきってたから宅飲みの日先に二人を家に向かわせたし、次の日もを置いて帰った。レオ姉は信頼できる奴だから二人が仲良くなればいいなとさえ思ってたのだ。それが、俺の予想以上に仲良くなりすぎてる気がする。というか、思ったよりこの現状が落ち着けずにいるのだ。二人はあれからちょくちょくやりとりしてるらしいし、共通の講義も多いから顔を合わせる機会も自然と多くなる。始めはそうなってもいいと思ってたけど、今となっては全然思えない。がいつかレオ姉をすきになっちゃうんじゃないか。


「やだ、そんなこと考えてんの?」
「考えるよそりゃあ。だって二人仲良くない?なんか俺の知らないとこで仲良くなってない?」
「べつになってないわよ。馬鹿ね」


ふっと爪に息を吹きかけるレオ姉は呆れ顔だ。そう言われては何も返せず口を噤むと、レオ姉はちらりと俺に目を向けた。


「ていうかあんた臆病すぎじゃない?心配ばっかして、どうしたいのよ」


今度は俺が目を伏せる番だった。逸らした。逃げたともいうだろう。レオ姉の言ったことは至ってその通りだから返答に詰まったのだ。
本当は、すきだって、何回でも言いたい。にしてあげたいことはたくさんあるしとしたいことだってたくさんある。俺はずっと、この七年間、いろんなことを我慢してる。そのたくさんを爆発させたい。彼女に関することは全部俺がいいとさえ思ってるのに。

それでも、から拒絶の言葉なんて二度と聞きたくないから、俺は。


「……俺は、が俺をすきになってくれるまで待つんだよ」
「はっ、なにそれ。キャラじゃないでしょ」


そうだね、ほんと、そうだ。


「あんたらなんか、一言言えば全部済むのに。馬鹿じゃないの」


馬鹿だよ、馬鹿だけど、そうはいかないんだよ。自嘲気味に笑い声が零れた。