06

予定時刻より早くに講義が終わったので一人で体育館に行きひたすらシュート練習をして二十分くらい経った頃に、がやがやと入り口が騒がしくなってきた。どうやら四限終わりのメンバーが来たらしく、横目で時計を確認してからもう一度ボールを放った。リングに掠りもせず綺麗にネットをくぐったのを見て、よし、とガッツポーズする。高三で引退してからもちょくちょくボールには触ってたけど受験でなまってしまうのは仕方なく、サークルに入りまたバスケをするようになってようやく現役時代の調子が戻ってきたような気がする。さすがにあの頃みたいなシュートの精度にはなかなか持ってけないけど、今は今なりに納得できるレベルだ。跳ねて行ったボールを拾おうと一歩踏み出したところで、今来たメンバーの中でひときわ響く話し声が耳に入ってきた。


「そだそだ、玲央〜おまえも罪な男だな〜」
「え?」
「うちのクラスの女子がおまえのことかっこいいって言ってたぞコノヤロー」


ああレオ姉もいたのか。見ると俺と同じくらいの身長の奴がバシンと背中を叩いていて、鬱陶しそうに顔を歪めたレオ姉は「いったいわね…」と恨み言を漏らしていた。すぐに近くにいた一人も話に加わったみたいだけど、自分の浮いた話題に冷静に応対するレオ姉の姿勢は三年前から変わらない。高校時代、にわかに囁かれていたあのことはあながち間違いじゃない。
俺も慣れたもんだなあと苦笑いしながら小走りでボールを拾い、そのまま彼らに混ざろうと踵を返す。レオ姉、黙ってれば高校でも多分モテただろうに、惜しいことに男女の恋愛には興味がないらしい。かっこいいって言ったらしいその女の子も遠目から見ただけだろう、レオ姉の正体を知ればそんなこと言ってらんねーだろうなあと他人事のように思いながら歩を進めていく。そこで、あれ、と思う。

レオ姉の背中を叩いた、あいつの学部は、どこだっけ?


「玲央はな〜イケメンだからな〜」
「…一応聞いとくべき?誰が言ってたの?」
「ほらほら、三限のとき話し掛けてたろ、さん」


は、
ギシリと体が硬直した。立ち止まったまま、動き出せなかった。


「…ああ」
「宅飲みしたんだって?いい人だーってべた褒めしてたぜー?」
「なにそれ宅飲みずるい!俺たちだってまだ呼んでくれたことないのに!」
「ほんと!所詮玲央も男だったってことね!散々ワタシの心を弄んでおいて!」
「あんたらは暴れグセなくなったら呼んであげるわ。お隣さんの迷惑も考えなさい」
「ええ〜…ていうかどうすんの玲央?付き合う?付き合っちゃう?」
「なんですぐそうなんのよ。飛躍しすぎ」


おとなしく聞いてるにはどうにも耐えられない内容で、どうにかして割って入ろうと再度足を踏み出した。でレオ姉を茶化す、周りの雰囲気が嫌だった。冷静な判断能力はこのときまるで欠如していたけれど、とにかく、その場に自分もいたこととか、自分が提案したからこそ開かれたことを、どうしても主張したかった。


「そっ…」
「小太郎」


後ろから名前を呼ばれ動きを止められる。なんだよ、と焦る気持ちのまま振り返った先にいた人物に表情が固まった。……このタイミングで、なに。


「……結木ちゃん」


「うん、あのさ、」紡がれる声が耳を素通りしていく。何も知ってるわけない、から、今呼び止められたのは偶然だ。わかってるのに心臓が嫌に脈打つ。邪魔された気分になるのがお門違いなのもわかってる。けれど焦りは増すばかりで、彼女の話はまるで耳に入らない。


「…でさ、小太郎どう思う?」
「え、ああ、…えっと、」


きょとんと首を傾げるその子には、申し訳程度の苦笑いを向けるしかできなかった。すると彼女は笑って「変なの、小太郎どうしたの?」と言う。同じように呼ぶのに、どうしてこうも違うんだろう。
諦められそうにもない。俺はを、たとえレオ姉にだって渡したくないのだ。