05

家にいて小太郎からメールが来たと思ったら「勝手に帰っちゃってごめんね!楽しかった!またやろう!」という内容だったので驚いた。彼の中では昨日のことはなかったことになったらしい。それか本当に覚えてないのかもしれない。なんだあとちょっと呆気にとられ、けれど向こうがそう言うのならこっちもなかったことにするべきかと返信を打った。「全然大丈夫だよ。バイト間に合った?楽しかったね。また集まりたい」送信し、ぼふんとベッドに倒れ込む。昨日のあれは酔ってただけのことだとわかっていながらも、そのあと何かしら小太郎からアクションがあるんじゃないかと期待していただけにこのオチは虚しかった。いい加減過剰すぎる自意識をどうにかしたいのに、醜い期待をどうしても消せない。
顔を両手で覆い、盛大な溜め息をついた、そんな土曜から三日経った日のことだった。


「あら、じゃない」
「わっ実渕くん?」


三限前の大教室にて、通路側に座ってお昼ご飯を食べていたわたしの横を通り掛かった実渕くんが声を掛けてくれたのだ。隣や後ろに座っていた友人たちが一斉に彼を見、そして揃ってポカンとしてるのが背中に伝わってくる。驚いているのは言わずもがな、理由は果たしてわたしに男友達がいたことか、実渕くんの強烈なキャラについてか。


「そっか、この選択授業も被ってたね」
「ね。ああそうだ、こないだはバタバタしちゃってごめんなさいね、本当に」
「え、いや、こちらこそ。ていうか実渕くんにすごく迷惑掛けてしまって…」
「そんなことないわよ。またやりましょ、小太郎にも声掛けとくから」
「やりたいやりたい。お願いします」
「ええ、それじゃあね」


ひらひらと手を振って去って行く実渕くんが前の方に座っていた男子生徒の隣に座るのを眺めていると、途端に「えっ」と横から声が上がった。質問責めかなあと何となく苦笑いをしながらそちらに向く。予想通り、友人が目をまん丸に見開いていた。


「だれ今の?!」
「実渕くん。友達…の、友達で最近知り合った」


ここで幼なじみの存在を明かしたらますますややこしいことになると予感したわたしは小太郎については伏せておくことにした。授業開始まであと十五分といった現在では徐々に人が教室に集まってきていて、近くの席にも同じクラスの人が何人か見受けられた。盛り上がる彼女たちの視線は依然わたしに注がれていて、まるで自分が交友関係の広い人間みたいな気分になったけれどまったくの勘違いである。


「仲良いんだね?!こないだって何こないだって!」
「た、宅飲みした…」
「宅飲み!ぎゃあ!」
「ぎゃあって」
「その、みぶちくん?なんか面白い人だね…?」
「あ、ね。すごく話しやすくて、すごくいい人なんだよ」


二人の友人に答えながら、しみじみと思う。会って二度目であんなに打ち解けられるなんてそうあることじゃない。彼のいろいろな要素に起因しているのは明らかで、それについてわたしはとても感謝していた。
金曜の夜、あのあとすぐに飲み過ぎで気持ち悪くなってしまったわたしは実渕くんにお世話になり、ベッドまで譲ってもらい(多分最初から貸してくれるつもりだったっぽい)ぐっすりと寝たのだ。わたしに寄り掛かったまま眠り出した小太郎を引き剥がし床に捨てたあと介抱してくれた彼は面倒見の良さをうかがわせ、感動しながら眠りについたのを覚えている。
次の日の朝は随分気分が良くなったと思いながら起き、いつの間にか小太郎がいなくなっているのに気が付くとすでに起きていた実渕くんが水を渡しながら、小太郎が急いでバイトに行ったことを教えてくれた。その日は特に予定はなかったけれど昨日の醜態を思い出すと気恥ずかしく、部屋の掃除を無理やり手伝ったあとすぐに家に帰った。そして家でごろごろしていたところで、小太郎からメールが来たのだった。
そんな回想をしてると、隣の友人は大きな目を瞬かせ、感嘆の声を上げた。


「へえ〜…が男子のこと話すの珍しいね」
「え、なに。そんなことないよ」
「いや、そんな手放しで褒めてるの聞いたことないよ」
「嘘。でも実渕くん本当にいい人なんだよ」
「そうなんだー。すごくかっこよかったねえ」
「そうそう、かっこいいよね」
「うん、美人さん!今後の展開に期待!」
「あ、それはない」


そういえば実渕くん、何も言って来なかったけど、わたしが小太郎をすきだってこと気付いたのかな。もしそうだったら少し気まずいなあ。


「またまたあ」
「ほんとだってば」


陽気な友人に苦笑いする。すると彼女越しに、わたしと反対の通路側に座っている人物と目が合った気がした。同じクラスの男子学生だ。視線は両者一斉に逸らされ、友人二人には不審がられることもなかった。一瞬の出来事で、話してる人の方を見てしまうのはよくあることだし気にすることもないだろう。というかわたしなんかが一丁前に恋バナするなんて、とか思ったのかもしれない。ごめんなさい、とロクにしゃべったこともないその人に心の中で謝りながら、食べ終わった弁当箱を片付けた。