04

日曜の午後からは体育館の三分の一を使って五対五のミニゲームが行われていた。主審も線審も得点係もタイマー係も他の奴に取られて観戦しかやることがなかった俺は、とりあえず手持ち無沙汰にボールを一つ持ち壁に寄り掛かって座っていた。試合はたった今始まったところだ。早く俺もやりてーなあと思いながら、とりあえずは観戦に徹することにする。と、隣から女子特有の高い声に話し掛けられた。


「小太郎、あれ大丈夫だった?」


いつの間にか右横に立っていたその子を見上げると、彼女は人当たりのいい笑顔を見せた。うちのバスケサークルは男女で構成されていて、基本的な試合や練習は特別な場合を除いて別々でやってるけど、一つのサークルなことには変わりなく練習時間やそれ以外の集まりもほとんど合同で行われてる。現に今も目の前のコートの向こうでは女子の試合も執り行われていて、手の空いてるメンバーは男女関係なくすきな方を観戦し応援していた。
サークル内でも特に社交的な部類に入るこの女の子(俺は苗字で結木ちゃんと呼んでいる)は男子の方を見るらしい。試合中のメンバーに親しい奴でもいるんだろうなと頭の片隅でなんとなく思った。そして、彼女の言う「あれ」が何のことか、すぐに思い当たった俺はハッとして口を開いた。


「大丈夫だったよ、ほんと助かった!コピーさせてくれてありがとー」


おとといの一限を欠席してしまい、授業内で配られたレジュメを手に入れ損ねた。出欠を取らない講義だったのは救いだったけど、レジュメは期末試験に必要なものなので同じ講義を受けていたこの子に頼んでコピーさせてもらったのだ。元々の予定で練習から抜けたあと、レオ姉を見送ってすぐにコピー機のある場所へ行ったら思いのほか混雑してて驚いた。そのあとまた体育館にいる結木ちゃんに返しに行って、ようやくレオ姉のアパートに着いたのは結局何時だっただろう。


「いーえー。ていうか小太郎一人暮らししてるんでしょ?家から何分くらい?」
「んー歩いて十五分かな」
「その距離でなんで遅刻するかねー」
「寝坊したの!起きたら一限終わっててまじビビった」
「あははっどんまい。まいーや、また寝坊したらいつでも言ってよ」
「うん、助かるわ。ありがとね」
「んーん」


会話の最中、自然に隣に座り込んだ彼女は膝を抱えて笑っていた。どうやらここで見るらしい。ちょうどハーフラインの延長にあたるこの位置は観戦にはうってつけだけど、誰かを応援したいんならもっとコートの近くに行った方がいいと思う。現に他のメンバーもそうしてる人たちは多い。俺もいつもは何かの役割に就くかそいつらに混ざって試合を盛り上げるんだけど、あいにく今はそういう気分じゃなかった。彼女を不思議に思いながらも特に突っ込むことはしないで、ちょいちょい会話を挟みながら試合を見ていた。

試合終了のブザーが鳴るちょっと前に女子の方が先に終わったらしく、結木ちゃんはじゃあねと言って向こうに行った。それに俺が軽く手を振り応えるとすぐに男子の試合が終わり、線審をしていたレオ姉が彼女と入れ替わるように戻って来た。


「お疲れレオ姉」
「どーも。…あんたさっき結木ちゃんといた?」
「うん」
「あの子あんたのことすきなんじゃない?」
「え?そうなの?」
「よく話し掛けてるじゃない。あんたに」


突拍子もない発言につい首を傾げてしまう。そんなことは一度も考えたことがなかった。もうよく覚えてないけど、新歓で初めて会ったあの子は最初からノリが良くて、席が近くて学部が一緒だったのもあってそれから割とよく話す間柄になってはいると思う。けど彼女は元々明るい性格だし、他の人に対しても同じ接し方だと思う。同じ学部でも被っている授業は金曜の一限だけでサークル内でしかまともに関わったことがないからよくわかんないけど、性別関係なく友達も多そうなイメージだ。俺が特別ってことはないと思うなあ。視線を斜め上にやり考えていると、「まあ、」レオ姉が溜め息をつきながら口を開いた。


「その気ないなら気ー持たせんのやめなさいよ」
「うん」


二つ返事で頷いた俺を一瞥し、コートに踵を返したレオ姉に続く。その際ちらっとだけ女子の方に目を向けてみると、コートとコートの間で同じ学部の男子としゃべっている結木ちゃんが見えた。ほらやっぱりねと思い、自分の中の彼女像は間違ってなかったと確信する。誰とでもすぐに仲良くなれる、社交的な子だ。


「ほらビブス」
「お、サンキュー」


……そういえばは昔から初対面が苦手だって言ってたけど、レオ姉とはあっさり打ち解けてたなあ。まあ最初から俺もレオ姉なら大丈夫だろうって思ってたけど、レオ姉ん家着いたとき、二人すっげえ楽しそうだったよなあ。……。


「何よ」
「え!べつに?!」


いやいやいやレオ姉にまで嫉妬するとかどんだけだよ俺!何様?!


「そうだ。あんた、こないだの夜のこと覚えてるの?」
「…覚えてるよ?途中で寝ちゃったけど」


首を振って邪念を払い飛ばしてると、レオ姉に核心を突かれた。向こうはそうは思ってないだろうけど、今の俺にはかなり痛い話題だ。どうにも試合を盛り上げる気にならなかったのはそれが原因だった。
おととい、酔った勢いでやらかしたことはちゃんと覚えてる。けど実はがどういう反応をしたのかまでは覚えてない、というより、多分彼女が何かを言う前に寝た気がする。それをわかっていながらも、が何を言ってたのかは知りたくなかったからそこは言わずレオ姉には笑顔を向けると、「へえ、そうなの」と少し驚いたような相槌を打たれた。更に何か言われるかと思ったら、タイミング良く主審の声が掛かったのでそこで会話は終了した。

七年前に言われたことを忘れたわけじゃなかった。全部覚えてるからこそ、彼女の反応を知るのが怖くて、次の日が起きる前に逃げるように帰ったのだ。
完全に酔った勢いだったし、今シラフの状態であんなことをしようとは微塵も思わないけど、嘘は一つも言ってない。それでももしかしたらまたを怒らせたかもしれないと思うとバイト中も気が気じゃなくて、終わってから即行でメールをした。彼女からの返信は至って普通の内容だったので、多分怒ってはないんだろうと安心した。

久しぶりに会って、あんなに長い時間一緒にいたのはもっと久しぶりだったから、なんだか抑えられなかった。自分でやっといて思い出すと顔が熱くなる。には悪いと思うけど、多分しばらくは忘れらんないだろうなあ。