12

三人での飲み会後、颯爽と帰った男を気に掛ける様子もなく二人での二次会を誘ってきた結木ちゃんを断り、疲労困ぱいといった心持ちで最寄り駅に帰ってきた俺が目にしたのは、親しげに並んで歩くレオ姉とだった。


「…………え」


衝撃的な光景に目を疑った。こんな時間になんで二人が。状況がまるで理解できなくて、それでも一番単純な見解が思いついてしまい目眩すらした。今まで、レオ姉とが二人でいたという、できれば嘘であってほしい事実。
足が動かせない。早く駆け寄っていつもみたいな調子で声を掛けたいのに、それができない。

なんで、なんでそんなに、おまえ、俺に会いたくなかったみたいな顔すんの。


「小太郎、なにボーッとしてんのよ」
「っ、あ、いや」


気付くと二人が近づいてきていて、レオ姉があからさまに顔をしかめていた。ちらりとを見るとやっぱり気まずそうな表情を浮かべていて、ぎゅうと心臓が苦しくなった。彼女から逃げるように目を逸らし、見せつけるように溜め息をついたレオ姉に向いた。


「小太郎」
「は…い」
「なに考えてるか知んないけど、そこで会って具合悪そうだったから助けてあげただけよ」
「…え」


真偽を問うようにを見ると、彼女は目を合わせ頷いた。曇った表情なのはまだ気に掛かったものの、確かに青白い顔だ。嘘をつかれてないことはなんとなくわかった。………なんだ、よかった。一気に緊張が解け、ついほっと息をつく。けれど同時に、を助けたのが俺じゃなくてレオ姉だったと思うと悔しい気持ちになった。できることなら俺が助けてあげたかった。せめて今からでも、何かできないかと思案する。


「で、駅まで送ってたとこ。電車なくなっちゃうからとりあえず…」
「あ、…俺家まで送る。そのまま実家帰るから」
「は?」


訝しげに眉をひそめるレオ姉に、今日金曜だし明日バイトもないしと付け加えるとすぐに納得したらしく、それならとを見遣った。はひどく動揺した様子で俺とレオ姉を交互に見て、レオ姉に何か言いたげな視線を送り、けれど口には出さず、最終的に俺に「お願いします」と頭を下げた。信頼度でレオ姉に負けてる気がして、うんと頷きながら情けなく笑った。「小太郎」レオ姉に手招きされ近づくと、に背を向けて小声で話された。


「すぐにメールで説明するから、怒ってに当たるんじゃないわよ」
「……わかってるよ」
「あと変なことすんじゃないわよ」
「しねーって!」


ならいいけど、と笑って返されたところで冗談だとわかった。ああなんか、余裕ないな俺。


「じゃ、よろしくね」
「み、実渕くん、本当にありがとう」
「いーえ。お大事に」


レオ姉に見送られ改札を通る。隣のごめんねとの小さな声に、こっちの方が、と思いつつ謝んなくていいよとだけ返す。レオ姉と何かあるわけじゃないのはわかったけど、が俺と会いたくないと思ってた理由はわからない。それに関して何かあったことは確かで、でも言及するのはレオ姉の忠告に反すると思ったし、俺もそんな勇気はまるでなかった。
ホームへの階段を登ったところで電車がちょうど来てるのに気が付き、「急ご!」いつもの調子で手を掴んで走った。乗り込んでからが体調悪いことを思い出し焦ったけど、大丈夫と返ってきたのでほっとした。
三つ隣の駅で乗り換え、ここからは家の最寄りまでずっと乗っていることになる。終電に近い時間のため車内は空いていて、この車両の人の数もかなり少ないように見える。座席に並んで座り、ようやく一息つけた。


、寝ていいよ」
「え、」
「一時間くらいあるでしょ。まだ顔色悪いし、寝てな。着いたら起こすから」


静かな車内での話し声はやけに響く。なるべく声量を落として言うと、隣で俺を見上げていたは力なく笑い、ありがとうと言って目を閉じた。
が俯いたあと、人知れず息を吐くと熱が出て行くようだった。飲み会では気を張ってたから全然酔ってない。本来メンツは悪くないはずだったけど、男の方は白々しく遅刻してきたし二人で何か企んでそうだったし、あんまり楽しく飲めなかったなあ。
結木ちゃんと二人きりになって、二次会に行こうと誘われたのを、結構はっきり断った、と思う。悲しそうな顔をされて正直胸が痛んだけど、だからといって絆される気はまるでなかった。彼女はそれきりしつこくはせずすぐさま解散の案に賛成したから、何か察してくれたのかもしれない。………。
背もたれに寄り掛かる。もういいや、あっちは。なんとかなるだろ。結局のところ、俺にとっては大した問題じゃないのだ。

ポケットの携帯が振動し、見てみるとレオ姉からのメッセージだった。すぐにって、本当にすぐに送ってくれたのか。開いて読んだ内容にはさっきに至るまでのいきさつが細かく書かれていた。突っ込む余地もなく事実を淡々と述べる文面に、そういえばレオ姉は今日クラス会があるって言ってたなと思い出した。疑って、悪いことしたな。
「何か嫌なことがあったらしいわよ」その一文を読んで、に目を遣る。俺には、教えてくれないだろう。こんなに近い距離なのに、依然彼女の心はわからなかった。規則正しい寝息が聞こえてくるのでもう寝付いたようだ。どのくらい飲んだんだろう。嫌なことは忘れられたのかな。二日酔いになったらつらいだろうから、明日様子を見に行っていいかな。駄目かな、嫌われるかな。バッグを抱え丸まるこの子の肩を抱くことは、ゆるされてないんだろうなあ。

を一番すきな自信がある。……でも、すきだって思ってるだけじゃ、きっと駄目なんだ。嫌われる覚悟があるくらいの捨て身でいかなきゃは、きっと振り向いてくれない。

また怒るかな。ごめんね、それでも俺はおまえがいいんだよ。