住宅街を練り歩き始めてすぐ、わたしたちは虚の霊圧を察知した。すかさず弓親さんが伝令神機を取り出し座標を確認する。「どうやら探してた奴みたいだね」「ああ!」一角さんが応じ、駆け出す。ようやく本命のお出ましらしい。この三日間隠れていやがった虚め、今度こそひっ捕らえてやる。護送任務での一悶着を思い出し、決意を新たに義魂丸を飲み込む。ぐんっと臓器が揺れる感覚と共に魂魄が義骸から抜ける。


「あれ?」


少し走ったところで左の曲がり角から誰かが現れた。ゆっくりとした動きで、足元はどこかおぼつかない。それより、見覚えのある顔。


「誰か……誰か……」
「啓吾くん!」


知り合いだとわかった途端彼目がけて駆け出す。啓吾くんだ、ついさっき、みづ穂さんと言い合いをしたときは一緒に居間にいたはず。力なく崩れ落ちた彼の前に膝をつき、顔を覗き込む。怪我してる。何かあったのは間違いない。「オイどうしたんだ!」わたしの真後ろで立ち止まった一角さんが啓吾くんに詰め寄る。


「姉ちゃんが…姉ちゃんが、変なのに襲われて…助けてくれよお……」
「何?!」
「みづ穂さんが!」


思わぬ名前に驚く。変なのって、まさか虚だろうか。啓吾くんは霊力があって死神のわたしたちを見ることができる人だけど、虚については無知なのだろう。大変だ。立ち上がり、一角さんに振り返る。弓親さんも一角さんも事態の緊急性を理解しているらしく険しい表情をしていた。「急ごう」弓親さんが一角さんに投げかける。しかし当の一角さんが珍しくためらった。


「……」
「何やってんの!任務だよ一角!」
「チッ…しょうがねえなあ……」


みづ穂さんのこと、まだ怒ってるのだろうか。だからといってまさか見捨てるはずもなく、一角さんはあっさりと覚悟を決めたようだった。
義魂丸を飲み込む一角さんを待つ。そういえば一角さん、虚が出たっていうのにまだ義骸脱いでなかったのか。初動が遅い彼も珍しい。


「……いや、何してんですか一角さん」
「あ?!いや、ンなはずは……」


一瞬魂魄が抜けたと思いきや、なぜかまた義骸に戻り口からコロッと義魂丸を吐き出す。彼の奇行にはわたしも弓親さんも呆気にとられてしまう。もう一度飲み込むも、まったく同じことをしている。


「今そんな一発芸披露されても困りますよ!」
「ちっげえよ!!なんで出れねえんだ?!」
「…あれ?」


振り返る。弓親さんが、今朝使った超強力接着剤の裏側を見ていた。成分表や使用方法が書かれているだろうそこを読む目がハッと見開かれる。


「この接着剤、義骸と魂魄をくっつけるって書いてある!」
「えっ?!」
「なんだそりゃあ?!」


そんな効果があるなんて聞いてないぞ!浦原さんめ、なんてものを売りつけてくれやがったんだ!確かに「義骸に使えて簡単に脱げない接着剤」を所望したけど、簡単に義骸を脱げなくしたかったんじゃない!


「剥がし液がないときれいに脱げないみたいだね…」
「げ」


だからあの人剥がし液も勧めたのか。買っておくんだった。怒られたくないので今は緊迫した状況に合った面持ちで沈黙させていただく。


「こうなりゃ気合いで抜けるしかねえなあ…!」


そう言い、再度義魂丸を飲み込んだ一角さん。頭から下は脱げるのだけれど、肝心の頭部が義骸とくっついてしまって離れない。両手で義骸の胴体を押しながらカツラの接着部分をなんとか剥がそうとするも、顔面が上に引っ張られてかなり面白い絵面になってしまう。やばい、緊急事態なの忘れて笑ってしまいそうだ!


「反対から引っ張ります!」


手を挙げ名乗り出る。剥がし液買い損ねたわたしのミスだしここは手伝うところだ!笑いそうなのを堪え、至って真面目を装い一角さんの義骸を引っ張る。かなりしぶとい、さすが超強力接着剤!おい綾瀬川見てないで手伝えよ!


「ふんぬぬぬ……!!」
「ぐぬぬ……どわっ?!」


一角さんとわたしによる数十秒の奮闘の末、メリッと接着部分が剥がれた。魂魄の一角さんと義骸を引っ張っていたわたしは反動で後ろへ転がる。痛え。義骸の一角さんも重え。無事死神の身体になった一角さんがすぐさま体勢を取り直すのに遅れて立ち上がる。


「ッシャア!行くぞ!」
「依然西方向に反応あり。浅野啓吾が逃げてきた方角とも一致。間違いないよ」
「おう!」


一目散に駆け出す一角さんと弓親さんに続いて走り出す。後ろから啓吾くんや義魂丸の入った義骸たちもついてきているようだ。一角さんようやく脱げてやる気満々だし、これわたし行かなくても収束しそうだな。

弓親さんの案内通り、虚はすぐに発見することができた。手には捕まっているみづ穂さん。逃げようと手足をばたつかせているが、胴を虚に掴まれ宙に浮いている状態のため空を切るばかりだ。目の前で口を開いて喰おうとしている虚も見えてない様子。
素早く間合いに入った一角さんが始解した鬼灯丸で虚の仮面を横から一突きする。衝撃で手が緩み、みづ穂さんが解放される。落ちそうになる彼女を咄嗟にわたしがキャッチ。虚のことは任せたと言わんばかりにすたこらと距離を取る。同じく離れたところで様子をうかがう弓親さんと啓吾くんの元へ戻る。


「彼女は?」
「気絶してます!」
「そう。じゃああとは虚を捕獲するだけだね」
「一角さんうっかり殺しちゃわないですかね。地味に不安です」
「君じゃないんだから」


なんだと綾瀬川。両手が塞がっているので足蹴にしてやると怒られた。


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