一角さんが虚を傷つけない程度に痛めつけ、弓親さんの縛道により無事捕獲が完了した。技術開発局に連絡すると早急に護送部隊を派遣され、虚の受け渡しがなされる。見ると、部隊はわたしと一緒に任務を請け負った面々ではないか。失敗したのに同じ部隊に任せるなんて、涅隊長、案外わたしのことすきだな?!こりゃー十二番隊に引っこ抜かれるのも時間の問題かね!今引っこ抜かれてもまた十一番隊に埋まりに行くけど。

義骸に戻ったわたしたちは、啓吾くんの提案もあって一旦浅野宅に帰ることにした。本来であれば特務完了に伴い尸魂界に帰還しなくてはならないのだけれど、みづ穂さんのことも心配だからと、一晩留まる方針に決まったのだった。
移動を開始するにあたり、ずっとみづ穂さんを抱えていたわたしの手が悲鳴をあげていてどうしたものかと思っていたところ、意外にも一角さんが「貸せ」と言っておぶってくれた。姉を気遣う啓吾くんと並んで先頭を歩く一角さんを後ろからまじまじと見てしまう。


「一角さん、怒ってるのかと思ってましたがそうでもないんですかね」
「まあ、一角なりに気にしてるんでしょ」


ふっと肩をすくめる弓親さん。一角さん、自分の存在意義が坊主と言われたことを真に受けて名誉挽回しようとしているのだろうか。意外と繊細な心を持ち合わせていたことに素直に感心してしまう。しみじみと感嘆すると「失礼なこと考えてるでしょ」と指摘されたものの、瞬時に明後日の方向を向いたので難は逃れた。





夜が明けてもみづ穂さんが目覚めることはなかった。魂魄自体に問題がない以上わたしたちがいてもできることはないため、後ろ髪を引かれつつも浅野宅をあとにすることにした。マンションの階段を降り、外に出る。辺りを差す朝日が眩しい。早朝に人通りはほとんどなく、わたしと弓親さんと、見送りに来てくれた啓吾くんの姿しか見えなかった。


「あれ、一角さんは?」
「先行ってろだってさ。すぐ来るでしょ」


ふうん?と首をかしげる。意外と身支度に時間がかかるタイプなのだろうか。弓親さんの方がよっぽど時間かかりそうだけど。空座一高の制服にもジャラジャラと装飾物つけてるし。


「みづ穂さん、また急に一角さんがいなくなって悲しむでしょうか」
「こればっかりはどうにもならないんだから仕方ないよ」
「まあ」


みづ穂さんが一角さんをどんなにすきでも、人間と死神である以上結ばれることはない。そもそも今回髪を生やしてしまったから恋心は冷めてしまったかもしれない。だとしたら、みづ穂さんが目覚めない今のうちに帰るのも悪くないのかも。不毛な期待を抱かせるより忘れてもらった方がみづ穂さんも幸せだろう。腕を組み、うんうんと納得する。


「いやはや、一角さんも罪な男ですねえ」
「一角としてはありがた迷惑ってところかな。ありがたいかすら怪しいけど」
「それただの迷惑」


つい口にしてから、わたしたちのやりとりを聞いていた啓吾くんが苦笑いしているのに気が付いた。やばい、お姉さんがこんなこと言われていい気はしないよね。話題変えよう。


「そういえば、ダーリン設定もおしまいですね!」
「…ああ、今回大して使わずに済んでよかったね」
「確かに。やっぱりわたしも『気の利く女であの人も骨抜き大作戦』するべきでしたかね」
「絶対いらないから」


なんだよ。思いっきり顔をしかめると「が気が利くとかちょっと気味悪いし」などと言われる始末。純粋に腹立つな!


「ここは「今でも十分気が利いてるよ」とか言うもんじゃないんですかダーリン!」
「どこがだよ!あと朝から大きい声出すな!」


このやろう綾瀬川、いつもわたしのことバカにする。思えば弓親さんに褒められた記憶大してないぞ。


「こうなったら個人的に気の利く女して弓親さんを骨抜きにしてやる」
「ほっ……誰が君なんかに…」


弓親さんが言い返そうとしたところで一角さんがマンションから出てきた。特に身支度に気合いを入れた様子はなく、いつも通りの制服姿だ。強いて言うなら昨日のカツラをつけたままでいるくらい。
とにもかくにも、このまま穿界門を開いて現世とはおさらばか。今回は遊ぶ時間全然なかったなあ。


「ダーリーーンッ!」


上から声がした。全員が見上げると、マンションの通路からみづ穂さんが顔を出していた。目が覚めたんだ、よかったなあ。

あ、ダーリンって呼んでる。


「またこっち来ることがあったら、うちに泊まってもいいんだよ!」


みづ穂さんは晴れ晴れとした表情だった。声も嬉しそう。「…仕方ねえ。そうしてやるよ」一角さんもどこが得意げだ。昨日虚に襲われたみづ穂さんを助けたのも、家まで運んだのも一角さんだけれど、あのとき彼女はずっと気絶してたから知らないはず。でも、仲直りできたってことでいいのかな。何はともあれ次に現世に来ても間借りさせてもらえるみたいでよかった。


「その代わり、その頭だけは何とかしてよね!」
「いちいちうるせえな!」


でもやっぱり髪の毛は気に入らないらしい。一角さんがこれ見よがしにカツラをひっ掴み、一思いに取り去る。超強力接着剤はすでに剥がし液で跡形もなく除去済みだ。昨日のうちに浦原商店に行き入手したのだ。
接着剤も剥がし液も、人体につけたらかぶれそうなものだけど、さすがは浦原商店、義骸への影響は何もなかった。今も一角さんの頭は普段通り光り輝くスキンヘッ……


「……ん?!」


ぴょこんと一本、脳天に生えてるではないか?!カツラの取り残しか、そこそこの長さの毛が一本、ふわっと風になびく。
シュールな絵面に爆笑は必至だろう。一角さん以外の四人の大笑いが早朝の住宅街に響き渡る。迷惑そうに戸を開けたご近所さんから逃げ出すまで、それは続いたのだった。


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