弓親さんの作戦は大成功だった。帰宅したみづ穂さんはカツラを被った一角さんをダーリンと認識することができず、気が付いて脱がせようとするも超強力接着剤の前には無力だった。「そんな、髪が……どうしたの…」「そんなの俺の勝手だろ」散々嫌がっていた割には勝ち誇った様子の一角さんに、彼女は途方にくれ涙を流していた。
みづ穂さんには悪いけれど、これで一件落着、彼女は以前より一角さんにつきまとうことなく、我々の任務もつつがなく遂行できるだろう。この日の夜は久しぶりに三人とも安心して就寝できた。まさか翌日、別の問題にぶち当たるとは微塵も考えていなかったのだ。





翌日の朝食はカビの生えたパン一枚と水。着替えは白いタンクトップと短パン。お風呂に入ろうとしたら湯船にお湯は張っておらず、電気も消された。加えて終始冷たい態度のみづ穂さん。外でご飯を食べたり制服を着てなんとか生活水準を保ったものの、明らかに昨日までの扱いとはえらい差だった。


「なんだこの扱いは?!」
「僕まで同じなんて酷いじゃないか!」


夕方、さすがに我慢ならんとみづ穂さんを問い詰めた一角さんと弓親さん。その後ろに控えるわたし。ソファに座って足を組むみづ穂さんは雑誌に目を通しながら「まあ、それはいいとして」と華麗にスルーし、さらには「さっさと出ていってほしいんだけどお?」などとのたまったのだった。ダーリン目の前にここまで冷めた眼差しを向けるみづ穂さんは初めて見た。すごい変わりよう。豹変の理由に心当たりのあるわたしたちは思わず顔を引きつらせてしまう。「まるで別人!」「本当に効果てきめんだ…!」「てきめんどころじゃねえよ…なんでこうなるんだ!」一角さんの抗議にもみづ穂さんは雑誌から目を離さない。


「説明すんのもめんどくさいわ〜」
「髪がある一角に、何の興味もないってことじゃないの」
「俺の存在意義は坊主だけか!」


「だけよ」即答するみづ穂さんにまたもや堪忍袋の緒が切れた一角さん。こんなところこっちから願い下げだとリビングを出て行こうとする。


「テメェの前じゃぜってーカツラ脱いでやんねーからな!覚えてやがれ!」


首を傾げたくなる迷捨て台詞を残し、本当に出て行ってしまった。ま、まさかここまで崩壊するとは……。よかれと思ってやったことが盛大に空回りしてしまい罪悪感を覚える。当然のようについていく弓親さんのあとを追いながら振り返り居間を見遣るも、廊下からではみづ穂さんの姿は見えなかった。





夜の公園は人気もなく静まり返っており、舗装された道路の脇に立つ明かりのおかげでかろうじて周囲の様子がうかがえる程度だった。特務で現世に来てから見回りの拠点にしていたここも時間が違うと受ける印象がガラッと変わり怪しい雰囲気に包まれている。暗いこと自体には恐怖心も煽られないので、特に怖いということもない。ベンチに座る一角さんや弓親さんも同じで、しかし浮かない顔をしているのは間違いなく先ほどの出来事が原因なのだろう。


「…あーあ、結局野宿か」
「いいんだよ。最初からこの方が気楽だったぜ」


やっぱり、みづ穂さんに悪いことをしたな。たぶん、彼女の乙女心を踏みにじってしまったんだと思う。一角さんの存在意義とやらを無に帰してしまったのだ、罪はそこそこ重いだろう。手いじりをする。まさかこんなことになってしまうとは。
……実は宿なし問題に関しては解決策があるのだけど、言うべきだろうか。果たして言っていいものか。浦原さん家、多分間借りできますよって。

今朝、接着剤を調達するにあたり、無人を承知で浦原商店に向かった。義骸を脱いでしまえば締め切った店内にも入れるし物色も出来る。そのつもりだったのが、浦原さんたちが帰ってきていたことで手間が省けたのだ。わたしが阿散井副隊長と居候していた頃となんら様子は違わないので、多分三人くらいお邪魔するのも大丈夫だと思う……というのを今言うのはさすがに人でなしというやつか。どこからかひんしゅくを買いそうでためらわれる。

「外にいるついでに見回りすんぞ」悩んでいるうちに一角さんが立ち上がった。とりあえず保留だ。頷き、彼のあとに続く。


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