商店街の一画、到着したお店では胸から上の人形が壁一面にずらりと並んでいた。のっぺらぼうの彼らは一人一人個性的な髪型をしており、なるほどこれが売り物なのかと得心する。気になった髪型を手に取ろうとする、と、「テメェやっぱ楽しんでんだろ!!」店内奥でなにやら怒号が聞こえたではないか。やれやれ騒がしいなあ。大げさに息を吐き、そちらへ足を向ける。


「お店に迷惑ですよー」


思った通り、弓親さんがいた。彼と目が合う前に「ああ?」背中しか見えていなかった黒髪のパンチパーマが振り返……


「ひえーーーー!!ヒャッヒャッヒャッ!!」
「テメェが一番うるせえよ!!」


なんと、まさかの一角さんだった!死ぬほど似合わないカツラをかぶっていらっしゃる!卑怯なほど似合わない!そんなチリチリのパンチパーマずるい!感情の赴くまま指差して爆笑してしまう。
そう、昨日の弓親さんが立てた作戦とはすなわち、「髪の毛生やしてあの人もドン引き大作戦」である。坊主が大好物なみづ穂さんの執着から解き放たれるには、一角さんに髪の毛を生やしてしまえばいいのではないか、という案だ。もちろんさすがの一角さんでも一晩で髪の毛を生やす力はないので、手っ取り早くカツラを被ってもらうべくこの「ういっぐしょっぷ」とやらにやってきたわけだ。しかしまさか一角さんがここまで毛髪が似合わないとは、誤算だった……!


「直視できない、真顔で直視できないです…」
「い、一角、一回取ってもらっていい?僕もお腹痛くなってきた…」
「テメェがつけたんだろ!!」


プルプル震えるわたしと弓親さんに青筋を浮かべながらむんずとカツラを取る。もしゃもしゃの髪の毛が卑怯だ。近くの人形にそれを戻す一角さんの後ろで二人ひーひー笑う。過呼吸一歩手前だ。


「そ、そうだ、例のものは買えた?」
「あ、はい…ふっ…くくっ…どうしようつらい」


さっきの一角さん一生忘れられないかもしれない。思い出すたび死にそうになってしまう。やだな一角さんのせいで笑い死んだら。ポケットから取り出し、弓親さんにチューブを渡す。ありがとと言い受け取った彼は、まだ完全にツボから抜け切らないまま近くのカツラに目を向けた。わたしも気持ちを切り替えるために吟味しよう。一角さんに似合うカツラを探すのだ。
しかし一角さんに似合う髪型なんて人生で一度も考えたことがないのでどれもピンとこない。まだ弓親さんの方が考え甲斐があるってもんだ。昔は長かったって聞いたことあるし、いろいろ遊べそう。


「一角、これなんてどう?」


後ろから聞こえた声に振り返る。弓親さんが茶髪のカツラを一角さんに装着しようとしていた。ものすごく嫌そうな顔の一角さんが暴れないよう見張る役を自主的に仰せつかり、彼の真後ろに立つ。弓親さんの慎重な手つきに、あることを察する。さては弓親さん、早速使ったな。


「……はい。まあ、こんな感じが妥当じゃないの?」


パッとカツラから離した手を腰に当てる弓親さん。わたしも正面に回り一角さんを見上げた。


「……うん、ですね!」


短いふさふさした茶髪のカツラは、比較的一角さんと合っていた。さっきみたいに見るたび笑ってしまうほどツボに入ることなく直視できる。正直一角さんに似合う髪型なんてこの世に存在しないと思うので、かなりマシな方じゃないだろうか。弓親さんなかなかやるな。


「〜〜やっぱ冗談じゃねえ!こんなもの……」


弓親さんから趣旨を聞いてるはずの一角さんはしかし納得できないらしく、さっきと同じようにカツラを引っ掴んで取ろうとした。が、「……?! 脱げねえ!」予想通り、それが一角さんの頭部から離れることはなかった。


「簡単に取れるとバレちゃうからさあ」
「あ…?」
「くっつけちゃった」


笑顔の弓親さんの右手にはわたしが入手したチューブ・超強力接着剤が握られていた。何をしたのかは一目瞭然というやつだろう。
「髪を生やしてあの人もドン引き大作戦」を実行するにあたり、我々は綿密な役割分担をした。接着剤の入手をわたし、カツラ屋さんへの誘導を弓親さん。それぞれがかみ合わさり(髪だけに)見事、作戦は大成功したのだった。ここまでうまくいくと達成感もひとしおだろう。うんうんと満足げに頷く。


「じゃ、、支払いしておいてくれる?」
「へ?」


弓親さんにポンと肩を叩かれる。見上げるより先に走り出した弓親さん。「…テメーーー弓親ァ!!どうしてくれんだよ!!」それを追うように一角さんの怒号が響く。追いかけっこ。……置いてかれた!





接着剤同様に領収書をもらい店を出るも当然ながら二人の姿は見えず内心焦る。まじで置いてかれた!部下に支払い任せて追いかけっこに興じる上司という図、客観的見ると相当頭おかしい。どこ行きやがったあの二人!


「……!」


突然、ポケットからピッピッと電子音が聞こえた。取り出して見ると伝令神機が鳴っていた。普段持ち歩く習慣はないのだけれど、今朝家を出る間際弓親さんに持たされたのだ。画面を見てみるとどうやら伝令神機同士の通話を受信したようだ。


「はい、こちら
『こちら綾瀬川。お金足りた?』
「足りましたけど!どこいるんですか!」
『ごめんごめん。いつもの公園で合流しよう』
「一角さんは撒いたんですか?」
『いや、今一緒に向かってるよ』
「なんだ」


追いかけっこは弓親さんの負けか。まあふつうに、いろいろ鑑みれば弓親さんが一角さんに勝てるはずがないので納得だ。一角さんも機嫌は治ったのだろうか。


『合流するまでも虚が潜んでいないか探りながら来るんだよ』
「そうだった。了解です」


そういえば虚探しの任務の最中なんだった。つい忘れてしまうなあ。逃げた虚の霊圧を思い出しながら周囲を探るけれど、何もかもわからず首をひねる。そもそも目的の虚の霊圧すらよく思い出せない。とりあえず近くに虚の類がいないことだけを確かめながら、のんびり公園に向かうことにする。


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