翌朝、わたしは単身、浦原商店に赴いていた。眠い目を擦りながら昨日のうちにみづ穂さんに用意してもらった洋服に着替え、声を潜めた弓親さんに追い立てられるように家を出た。日の出はとっくのとうでこそあれ、珍しく早起きしたものだからあくびは禁じ得ない。浦原商店の戸に貼られた家主不在の貼り紙に向き合いながら、誰も見てないのをいいことに大口を開ける。
さて早く義骸を脱ごう、とポケットからソウルキャンディーを取り出していると、おもむろに戸がガラガラと開いたではないか。きょとんと目を丸くする。と、帽子を目深に被った相手の目と合う。


「おや、どなたかと思えばサンじゃないっスか」
「浦原さん」


驚いたことに、浦原さんだった。あれ、見間違い?木造の壁に隠れて見えなくなってしまったけれど、戸の貼り紙には確かに一昨日と同じく不在の旨が記されていたはず。まさか帰ってきてたとは思わなんだ。パチパチと瞬かせ、「こっちに来てたんスねえ」とののん気な口調にハッとする。


「そうなんです!ちょっと任務で。今浅野……あっ、一護の友達の家に居候してるんですよー」


説明しながら歩み寄ると浦原さんは店内へ促すように踵を引いた。お言葉に甘えて踏み入れる。前に居候していた頃と特に目新しい変化はなく、相変わらず雑然とした印象だ。物は多いけれどジン太くんたちがこまめに掃除してるのでホコリなんかは見当たらない。


「そうでしたか。で、ウチにはどういったご入り用で?」
「あ、実は…」


目的を話そうとして、はたと気付く。……浦原さんたちが帰ってきたんなら、ここにお世話になればいい話では?前でこそ弓親さんと一角さんが浅野家に円満に居候していた印象があったから良しと思っていたけれど、任務に支障が出ている今となっては無理にあの家にこだわる必要はない。となると、わたしがここに来た意味もなくなるのだけど。
逡巡していると、浦原さんが「まあ、」と一つ息を置いた。


「せっかくなので中で聞かせてください。朝ごはんもいかがっスか?」
「ぜひ!」


即答する。なにせ今日、弓親さん以外に内緒で家を出てきたものだから、朝ごはんを食べていないのだ。





白米味噌汁焼き魚という三種の神器を含む朝食を堪能したあと、浦原さんについていき倉庫にやってきた。そこではお店に置いていない商品がダンボールに詰められ所狭しと並べられている。浦原商店が具体的にどういう商いをしているのかよく知らないのだけど、現世の子ども向けだけでなく精霊廷の商品も入荷しているという情報は聞いている。ソウルキャンディーとか。
お察しの通り、わたしがここに来た目的はとある商品を手に入れることである。理由と使用目的を話すと、それならいいものがありますと浦原さんは得意げに答えた。そんなに珍しいものじゃないと思うのだけど、わざわざ倉庫に行くってことは表に出てない商品だ。やっぱ義骸に直接使うからには現世の商品じゃ駄目なのかな。文具屋さんじゃなくてこっち来て正解だった。
浦原さんがしゃがんでダンボール箱を漁る間ぼんやりしていると、「ありましたよ、これです」後ろ姿がゆっくり立ち上がった。目線を彼に戻す。


「ありがとうございます」
「いいえー」


ダンボールとダンボールの細い隙間を通りこちらに戻ってくる浦原さん。目の前で立ち止まり、どうぞと手渡される。見ると差し出した手には、細長いチューブが置かれていた。


「普通のやつじゃないですか!」
「いえいえ、とんでもない。ちゃあんとソレ用ですので、安心してお使いください」
「ほんとですかあ?」
「ほんと、ほんと」


扇子を広げて口元を隠す浦原さんに不信の目を向けてしまう。どう見てもよく見るやつだ。わたしの家にもあるぞ。ん?いや尸魂界にあるやつならいいのか?
よくわからないけど義骸の取り扱いにも造詣が深い(らしい)浦原さんがいいって言ってるんだから鵜呑みにしていいんだろう。もし何かあったら浦原さんのせいにしよう。


「ちなみにそれを剥がすための商品もありますけど、いります?」
「んー…とりあえず大丈夫です」


今のところ剥がす予定ないしな。必要になったらまた買いに来ればいいだろう。
お支払いを済ませ、お店を出る。しっかり領収書ももらったのでばっちり経費で落とすつもりである。「毎度ありがとうございました〜」手を振る浦原さんにお辞儀をして、すぐに背を向ける。結構時間かかってしまったな。まあ朝ごはんご馳走になったからなんだけど。早く待ち合わせ場所へ行かねば。

ズボンのポケットにチューブが入っているのを布の上から確認する。弓親さんは上手くやってるだろうか。もししくじってたら怒ってやろう。


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