その後もみづ穂さんの勢いはとどまることを知らなかった。制服をクリーニングに出して着る服がない一角さんへ、彼女と一角さんが印刷されたシャツをプレゼント。特務の件で外を見回っていたら十二時ぴったりにお弁当の重箱を持って登場。極めつけに、帰宅後一番風呂をもらった一角さんの元へ、背中をお流しするために入ってきたらしい(服はちゃんと着ていた模様)。さすがに追い出したものの、度重なる彼女の奇怪な行動に一角さんの堪忍袋の緒はついにプッチンといってしまったようだ。


「なんなんだてめえは!!これ以上余計なことすんじゃねえ!」


お風呂上がりの寝間着姿でみづ穂さんを指差す一角さん。その様子を傍から見守る弓親さんとわたし。わたしとしては、お昼に重箱のお弁当を持ったみづ穂さんが茂みから現れたときはベンチから落っこちるくらい驚いたけど、それ以外で特に被害を被ってないためイマイチどちらにも肩入れする気が起きないのが本音だ。「いいか、今度変なマネしてみやがれ!ぶっ飛ばすぞテメェ!」強い言葉で脅す一角さん。「そんな…」対するみづ穂さんはさすがに傷ついてしまったのか、悲しそうに眉をハの字に下げている。俯いてしまった彼女に罪悪感を覚えた様子の一角さんがたじろぐ。


「それもいいかも〜〜っ!」


わあ。みづ穂さんは打たれ強いらしい。





あぐらをかいて貧乏ゆすりをしてると思ったら、一角さんはふてくされたように布団に寝転がった。ベッドに腰掛けながら見下ろす。今は弓親さんがお風呂に入っているので、わたしたちは部屋で待機してるのだ。居間にいるという選択肢もあったけれど、さっきの様子を見ていたら一角さんを一人にするのは忍びなかったので彼のあとについてきた次第だ。みづ穂さんはほっといても大丈夫そうだし。


「これ以上あの女がエスカレートしたらここ出てくしかねえぞ」
「おお、思ったより重篤なんですね」
「他人事だと思いやがって…」
「安心してください。さすがに一角さんほっといて居座りませんよ、さすがに」
「…おまえ特務のこと忘れたわけじゃねえよなあ」


はっと真顔になるわたし。そういえばそうだった。逃げ出した虚を捕まえる任務があったんだった。完全に頭から抜け落ちてたけど、そういえば一応一角さんたちを付き合わせてる状態なんだっけ。昨日のことなのに最早遠い記憶だ。ここ来てからの時間が圧倒的に濃いのがいけない。
だとしたらますます一角さんだけ出てくのを見過ごすわけにはいかない。「このままじゃ任務どころじゃねえぞ」昼の見回りを思い出して、確かに一角さんの言う通りかと考えを改める。


ー、次どうぞ」
「…弓親さんっ」


ガチャリとドアを開けて入ってきた弓親さんに駆け寄り飛びついた。正面から抱きつく形で密着する。「はっ?!」動揺した声の弓親さんをそのまま廊下へぐいぐい押しやり、後ろ手でドアを閉める。「は?」一角さんの素っ頓狂な声も聞こえた気がしたけどこの際無視だ。ちょっと弓親さんと話がしたいので。パッと離れる。


「ちょっとご相談が」
「…だったらそう言えばいいじゃないか!驚くだろ!」
「以後気をつけますよっと。で、みづ穂さんと一角さんのことなんですけど」


お風呂上がりで頬が火照ったままの弓親さんはまだ何か言いたげだったけれど、声をひそめるように二人の名前を出すと納得したのか顔をしかめた。「それならあっちに行こう」同じく小声で促された玄関口へ移動し、わたしたちは暗がりの中、向かい合うように壁に背中を預けた。ふと目線を落とすと各々の靴が所狭しと並んでいる。居候を三人も抱えた浅野家の現状だ。

逡巡したものの最初から話してしまえと、昨日の夜みづ穂さんに持ちかけられた「気の利く女であの人も骨抜き大作戦」と、そのせいで一角さんがこのままだとここを出ていくかもしれないことを説明した。みづ穂さんの作戦には引き気味の表情だった弓親さんは一角さんの心境を聞くとこの調子じゃ任務にならないしねと一つ息をついた。やっぱり付き合いの長い彼らはお互い考えることがわかるのだろうか。それはうらやましいと思う。


「他に当てはないから出てくのは避けたいところなんだけどね…でもあの子、止めたところで聞くとは思えないし」
「ですね。いっそ思いっきり冷めるとかないですかね」


まさかこんな事態になるとは。みづ穂さんの乙女心のなんと厄介なことか。最初は単に面白がってたわたしも、今はちょっと頭が痛いよ。
「………あっ」突然、考え込んでいた弓親さんが何かひらめいたように声をあげた。どうしたんですかとだんだん暗がりに慣れてきた夜目でうかがえば、彼は「僕に考えがある」とにっこり笑ったのだった。


「耳貸して」


言われるがままに首をひねり右の耳を向けると、弓親さんはわくわくした様子で作戦を述べた。そんなわたしたち、なんだが密会してるみたいでちょっと楽しい。


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