地獄蝶と共に穿界門を抜けた先、現世の天気はあんまり良くなかった。分厚い雲が空全体を覆い、今にも雨が降り出しそうなのだ。降り立ったのはただの硬い道路で、車っていう乗り物が一台通れるくらいの道幅だ。目立った建物はなくここがどこだかはわからない。空座町ではあるはずだけど、なにぶん空座町自体慣れ親しんだものではないのでどこに位置しているのかは謎だ。役目を果たし消えた穿界門を背に、さて、と頭を働かせる。より前に、前方を歩く人物が目に入った。


「一護!」


呼びかけた声にオレンジ頭の青年がガバッと振り返る。やっぱり一護だ!灰色の制服を身にまとっているので学校終わりだろうか、一人呆ける彼へ意気揚々と走り寄る。後ろから弓親さんたちもついて来てきてるだろう。


。それに一角と弓親も」
「久しぶりだね!元気?あ、まだ死神の力残ってる…?」
「おまえらの姿見えてるうちは大丈夫だっての」


なるほどそういうものなのか。現世にいる一護とは連絡手段がないのでやりとりを密にはできない。だから知らない間に一護の死神の力がなくなってるかもしれないのだ。その危機感にはたった今気付いたので、尸魂界と現世を行き来しなくても連絡できる通信手段とか早く開発してくれないかな。前に織姫ちゃん家に無断で設置したあんな大掛かりのじゃなくて、伝令神機みたいな小型のものがいい。とはいっても、わたしそういうの携帯する習慣ないのだけど。
技術開発局への期待の念を送っていると、「おう一護」一角さんはわたしを追い越して一護の肩に腕を回した。目を丸くする一同。


「再会の印にちょっくらツラ貸せ」


相変わらずガラ悪いな一角さん。





一護は訝りながらも自宅へ案内し、自室に通してくれた。前に来たときと変わらず整理されている部屋をきょろきょろと見回し、そこら辺すきに座れと言われたので一角さんと弓親さんに倣ってベッドに腰掛けた。足の車輪で移動するイスを回転させて背もたれを前に座る一護。彼と向かい合う位置に座ったのは一角さんだ。その九十度曲がった場所に弓親さんとわたしが並んで座っている。


「で、どうして急にこっちに来たんだよ?」
「まあ簡単に言うとアレだ。特務ってヤツよ」
「特務?」


小首を傾げる一護に弓親さんが説明する。尸魂界で実験用の虚が護送中に逃げ出したこと。その中の一匹が現世に侵入したこと。虚の捕獲の任務がわたしたちに与えられたこと。そして締めに、「ちなみに、護送任務の部隊長がね」とハッと息を吐いた。おい綾瀬川!


「その情報いらないでしょ!!」
「あー、尻拭いか」
「そうそう。困ったものだよね」


あははと薄ら笑いを浮かべる弓親さんをジト目で睨みつける。この野郎、部下の失態を晒す趣味があったとは知らなんだ。「くそ…わたしが何をしたっていうんだ」恨めしげに言うと「任務失敗でしょ」あっけらかんと返される。


「九割達成ですよ!」
「残りの一割が致命的なんだよ」
「それもそうだ」


すんとかしこまると呆れ顔の一護は「でもそんなの、こっちにいる俺たちに任せときゃいいじゃねえか」と意見を述べた。それには、もともと実験用の虚だからなるべく無傷で捕獲しろとの上からの命令だと答える弓親さん。そうなのか、最悪ぶっ倒せばいいと思ってたので認識を改める必要があるようだ。そういえば、プリプリ怒った涅隊長が言ってた気がするけど、逃げた虚を捕まえるって漠然とした内容しか頭に入ってなかった。虚の資料も結局読まずに来てしまったし。


「そーいうわけだ。当分の間よろしく頼むぜ、一護」


そう言って一護の肩にポンと手を置いた一角さん。「あ?何がだよ」ポカンとする一護はわたしの気持ちを代弁するかのようだ。突然どうした。


「いや、だからアレだよ。一週間くらい面倒見ろってことだ」


ああなるほど。そういえば長期滞在になるのに泊まる場所は決まってなかった。一護の家かあ、前断られたけど、今回はいいのかな?「ちょっと待てーーい!!」どこからともなく現れたライオンのぬいぐるみのコンくん。けったいな動きで我々の宿泊を断固拒否する彼をわくわくしながら見ていると目が合った。「あ」手を振ろうとしたら突然顔を真っ青にし、一護の背中に隠れてしまったけれど。


「あれ」
「前に首絞められたのがトラウマなんじゃない」
「ととととにかく俺様は許さねーからな!姉さんのいねえ間に転がり込もうったってそうはいかねー!!」
「ねえさん?」
「朽木のことじゃない?」


そういえばルキアちゃんはここの生活が長かったんだっけ。押入れで寝泊まりしてたって聞いた。今は閉じられているそこへ目をやる。ルキアちゃんとかわたしだけならまだしも、あそこに一角さんたちが寝泊まりするのは無理だろうなあ。想像すると笑ってしまうよ。


「まあ、コンの言うことは置いとくにしても、悪ィけどアンタら三人の面倒を見る余裕はねえよ」


あ、やっぱり断られた。「大体アンタ前に、オメーの世話になる気はねえって言ったじゃねえか。どういう心境の変化だよ?」一護の指摘にギクッと肩を強張らせる一角さん。そういえば前回そんなことを言ってた気がする。それで一角さんたちは結局……。


「ま、まあそれは…」
「とにかく、ウチは無理だ」


きっぱり言い切った一護には取り付く島もなさそうだ。「じゃあ」わたしが提案しようとすると「仕方ねえ。浦原喜助んとこ当たってみるか」と渋面の一角さんに遮られた。斜め上の選択肢に内心驚く。なんでそっち?確かに浦原さん家、お家広いし待遇よくていいところだったけど。でも一角さんたちならもっと適当なお家があるじゃないか。意見を述べようと弓親さんを見上げると、苦笑いを浮かべながら「今は阿散井もいないし、泊めてくれるんじゃない?」と一角さんを後押ししている。ますます不思議だ。


「泊まるなら啓吾くん家に頼めばいいじゃないですか?」


場が凍りついた瞬間である。


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