バタバタと隊舎の廊下を駆ける。目指すは執務室だ、あの人ならまだあそこにいるだろう。今日は任務入ってなかったはず。もう一人の行方はあの人に聞けば大体わかるから、とにかく片方捕まえることが先決だ。
目的地に着き入り口の壁に手をかけ勢いよく顔を出す。思った通り、机に向かって書類を片付ける姿が。


「弓親さん!」


上がった息のまま名前を呼ぶと彼はパッと顔を上げこちらに向いた。数時間前に任務があるからとここを発ってようやく戻ってこれたのだ。といっても、ここに帰りたくて心待ちにしてたわけじゃない。とてつもない急用があるのだ。少し驚いた様子の彼は目を瞠り、持っていた筆を置く。そんな動作も待ちきれない。


「遅かったじゃない。また寄り道してたの…」
「任務ヘマしたので尻拭いお願いします!」


あ弓親さんの顔引きつった。





今日の任務では六席のわたしが部隊長となり十体の虚を技術開発局へ護送する予定だった。しかしちょっと目を離した隙に縛道が破られ、虚が逃げ出すという事態が発生したのだ。こんなこともあろうかとの十一番隊の請け負いだったのだが、九体までは再度捕獲に成功したものの残りの一体は逃げ出すと同時に姿と霊圧を消したらしく、場が収まる頃には行方不明になっていた。とりあえず九体だけ技術開発局に届け事情を説明すると涅隊長にはガミガミ怒られ、おとなしく聞いていると(さすがに部隊長がトンズラこくわけにはいかなかった)、壺府くんが慌てたように駆けつけた。彼によると、なんと逃げた虚が現世に侵入したのだと。それを聞いた怒り心頭の涅隊長から下された命令が、




「逃げた虚の発見、捕獲の特務ねえ」


事の経緯を聞きつつ一枚ペラの特務命令書を読み終えたらしい弓親さんはそう言ってはあ、と溜め息をついた。そう、なんと涅隊長から、これから現世に行ってあの虚を捕まえてこいとの指令が下ったのだ。まったく無茶振りにもほどがある。しかも虚の反応は現世の空座町に侵入してすぐ消えたようで、どの辺りにまた出てくるのか正確には不明なんだそうだ。なのでわたしは、虚を追って空座町に行き、見つかるまで滞在することになるらしい。わたし、というか、わたしたちだけど。


「完全に尻拭いだね」
「だからそう言ったじゃないですか!」


何を隠そうこの特務、指令は弓親さんと一角さんにも白羽の矢が立ったのだ。わたし一人じゃ頼りにならないと秒で判断した涅隊長が上司の二人を指名したのである。上司にこっぴどく叱られるといいヨ!みたいなこと言われた気がするけど、わたしのヘマを弓親さんたちがフォローするのは日常茶飯事なので涅隊長のご期待には添えないだろうなあと思った。現に弓親さんの心うちは怒りより呆れが勝ってるご様子。


「はあ…まあわかったよ。一角は多分鍛錬場にいると思うから呼んできて。すぐ出よう」
「はい!」
「…珍しく聞き分けがいいね。さすがに責任感じてるの?」
「現世滞在任務にどきどきわくわくしてるんですが何か?」
「だと思った。さっさと行ってこい」


やっぱりキレそうかもしれない弓親さんに追い出されるようにして執務室を飛び出す。わたしはいつでも素直なので、弓親さんに伝えた通りこの特務、はちゃめちゃに楽しみなのである。日番谷先遣隊みたいな感じだ!虚が出てくるまで現世エンジョイするぞー!鍛錬場までの道のりを軽い足取りで進む。


弓親さんの言う通り鍛錬場で隊士をなぎ倒していた一角さんを捕まえ、事情を説明して執務室に来てもらった。彼は特務命令書を斜め読みしたと思ったら、へえ、と口角を上げた。


「この虚、そこそこ強えんだろうな」
「資料はもらってますけど、どうですかね」
「ああ?」
「一角、この人選は敵の力量を鑑みたんじゃなくて、単に部下の尻拭いだよ」
「は?……ああ」


ようやく察したのかあからさまにテンションを下げる一角さん。彼の気分の上がり下がりは大体わかりやすいのでここで苛立っても仕方ない。よっぽど強い敵が相手じゃないと尻拭いなんて喜んでやってくれるはずがないのだ。しかし残念なことに、わたしにとって一角さんのテンションなんてものはどうでもいいことこの上なかった。


「特に用意ないならもう行きましょう!善は急げですよ!」
「何が善だ何が。遊びじゃないんだよ」
「ですってよ一角さん。敵の強い弱いで気分変わるのよくないですよ」
「おまえヘマした当事者のくせにほんと神経図太ェよな」


埒があかないので斬魄刀を腰に差し直しさあ行きましょうと執務室を出る。後ろで二人の溜め息が聞こえた気がするけど、今回わたしは当事者なので率先してリーダーシップを執っていこうと思うのだ。早くしないと現世に着いたらすぐ夜になっちゃうじゃないか。今回は何日いられるかな、楽しみだなあ。実は特務命令書、ろくに読んでないのだけど、大丈夫だよね。いざとなったら弓親さんたちいるし、難しいことは任せておけば間違いない。


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