「へえ、海か」
おちょこを持った一角さんが相槌を打つ。水着を買いに行った帰り、乱菊さんと歩いていたら偶然一角さん弓親さん阿散井副隊長と会ったのだ。どうやらこれから酒屋に行くらしく、丁度いいのでご一緒させてもらうことにした。このメンバーだと部下のわたしは確実に飲み代が浮くのでラッキーなのだ。ただし酒乱の乱菊さんには巻き込まれたくないのでテーブルの隅っこに座っておく。 「せっかくだからあんたたちも来なさいよ。賑やかな方がいいし。どうせ暇でしょ?」 「おーいいぜ。楽しめそうだ。なあ」 「いいっスよ」 「……まあ」 隣の弓親さんが渋々といったように頷いたのが気になって聞いてみると「焼けたくない」との予想通りかつ味気ない答えが返ってくる。聞かなくてもよかったわ。でもまあこの人は一角さんの金魚のフンなので、一角さんが行くと言えば行くのだろう。そばにあるおつまみをひょいパクしながら、阿散井副隊長と一角さんによる一護も巻き込んで水着を買いに行く計画を聞いていた。彼らもあの「おーしゃん」とやらの店に行くのだろうか。男性水着の方は見てないからわからないけど、少なくとも女性の方は色々ありすぎてみんな選ぶのに時間がかかっていた。お昼頃から行ったのに帰ってきたのが夕方になったくらいだ。 「男だけの水着選びってつまんなそーねえ」 「そりゃそっちのメンツの華やかさには勝てねえでしょうよ」 「あんたたちも誘ってあげればよかったかしら?楽しかったわよ〜ねえ?」 「砕蜂隊長の話ですか?」 「あーあのラメ…いや、当日の楽しみにしておきましょっか!」 語尾にハートがつくくらいニッコリと笑う乱菊さん。いつものテンションではあるけれど顔が赤くなってきている。これはそろそろ来るぞ…と思いながら頷くと、斜め前の彼女からにゅっと腕が伸びてきた。酒瓶を持って。 「ぎえっ乱菊さん!」 「もっと飲みなさいよー!お代はどーせ上司持ちなんだから!」 「おつまみで元とってます!あーー入れすぎ!」 空になったお冷のグラスになみなみと注がれるお酒。くそ、遅かったか…!アッハッハと大笑いする乱菊さんはすでに出来上がっていた。「うわ、こいついつの間に一本空けてんだよ」彼女の前に座る一角さんが足元に置いてあった空の酒瓶を見つけた。 「ほら恋次も飲めーー!」 「うわっわかったっすよ!」 「弓親ァ…あんたさっきから全然減ってないじゃないのお…」 「乱菊さんの見てないところで飲んでるよ」 「ハイ一角これ一気!」 「こんの毎度毎度めんどくせー酔い方しやがって…!」 それでもちゃんと一気飲みするところが漢らしい。「よっ!さすが十一番隊三席!」煽るのはわたしの仕事なので忘れない。そう頻度が高いわけじゃないけれどときどき飲むこのメンバーは嫌いじゃないしむしろ楽しいのですきだ。流れで阿散井副隊長も口上を述べ一気飲みをする。それをゲラゲラ笑いながらわたしは自分のグラスのお酒を少し口にしてみる。おいしい、けどなかなか強いお酒だからお水と交互に飲みたいな。あとでお冷もらおう。 「飲んでいいよ」 弓親さんがさりげなく、右手の甲でグラスをわたしの方に押しやった。氷の浮かぶそれは今まさしく求めていたお冷だ。 「…ありがとうございます」 面倒見のいい弓親さんはこういうことにも気が回る。わたしの保護者と言われる所以はここら辺にあるのだろう。ありがたくいただき、冷たいそれをごくんと飲む。 「弓親さんて見た目と違ってお酒強いですよね」 「ギャップも美しさに必要なものだからね」 ハイちょっと褒めるつもりで言ったのにこれだ。これだからだめなんだよ綾瀬川は。箸を持ち近くの皿に伸ばす。 「そういえばあたし、の買った水着見てないわねえ」 酒瓶を何本も空にした乱菊さんに突然話を振られた。目を丸くし、口に放り込んだ厚焼き玉子を数回咀嚼し、ごくんと飲み込む。 「そうでしたっけ?」 「どんなの?」 「どんなのと言われると…?見ますか!」 手っ取り早く現世で買ってきたそれを紙袋から取り出そうとするが、「あっごめーん!も当日の楽しみにした方がいいわよね〜」とストップをかけられてしまった。手を止め、彼女に振り向く。なんで? 「そ、そんな面白いものじゃないですよ…?」 「砕蜂隊長の引きずってんじゃないわよ。着てるとこ見た方が楽しいって意味。ね?」 乱菊さんがにやっと笑った先は弓親さんだ。意図が読めず彼の横顔を見上げるが、仏頂面を極めし仏頂面の弓親さんが見えるだけだった。どこも楽しくなさそうだ。ちなみにわたしの正面に座る阿散井副隊長も口を引きつらせどこか微妙な顔をしている。 「…乱菊さん」 「あらごめんなさーい?そろそろじれったくて」 「だから、」 「え、弓親さん」 「…なに」 「言っときますけど見て笑えるほど面白くないので期待しないでください」 「ブハッ…誰が期待するか!あとおまえは面白いか面白くないかを基準にするのやめろ!」 おお、怒った。どうどうとなだめるとなんで僕が落ち着かせられなきゃいけないんだと手を叩かれた。出ました弓親さんの暴力! 「こりゃ先が思いやられるわあ…」 ぎゃーぎゃーと騒ぐわたしたちを眺めながら、乱菊さんが呆れたのは知らない。 そのあと飲み比べ対決が始まりもれなく全員が泥酔状態となった。うちで隊長の次にお酒が強いのは一角さんなのだけれど、さすがに限度があるらしくツルッツルの頭まで真っ赤にさせていた。様子を見てわたしが最初にリタイアし、それから先に大量に飲んでいた阿散井副隊長が脱落、そのあと空気を読んだ弓親さんがお開きにするまで勝負は続いた。弓親さんが強いのも確かだけれど、阿散井副隊長並みに飲んでいた二人が生き残ったのはすごいと思う。 「面白い肴があるからもっといじりたかったわ〜」 「松本べろんべろんじゃねえか」 「また今度飲みましょ〜。そのときには何か進展してなさいよお」 隊舎への帰り道、千鳥足の乱菊さんを気にかけながらそばを歩く。基本的に彼女の扱いが雑なのは一角さんだ。そして今日妙に乱菊さんに絡まれるのが弓親さんだった。この人何か面白いことでもしでかしたのだろうか。だとしたら部下として是非とも把握して今後のネタにしたいところであるのだけれど、乱菊さんに対して弓親さんは嫌そうな顔をするだけだし乱菊さんも上機嫌に背中をバシバシ叩くだけだ。にもかかわらず、自分が蚊帳の外な感じがしないのが不思議だった。 阿散井副隊長が先に別れ、乱菊さんを見送り三人で十一番隊舎へと歩いていく。性格の表れだろうか、一人先頭を歩く一角さんはすっかり酔いは醒めたようだ。ツルッツルの後頭部がもう普段の肌色に戻っているのが暗くてもわかる。わたしの隣を歩く弓親さんはしっかり自制しているようで最初から最後まで醜態を見せることはなかった。そもそもこの人が飲み比べという弓親さん的美しくなさそうな勝負事に参加すること自体がちょっと意外だったのだ。 「珍しいですよね弓親さんが参加するの」 「…飲み足りなかったから」 「ふーん?」 「……。ほんとはちょっと気を紛らわせたかったんだ」 静かに答える弓親さんに首を傾げる。姿勢のいい歩き姿がブレることはない。紛らわせたい気なんてものがあのときあったのか。案外この人は難しい性格をしている、ということは長年一緒に働いてきてわかってはいたけれど。ふーんと適当に相槌を打って前を見る。鬼灯丸を肩に担いだ一角さんは相変わらず堂々とした歩き方だ。 「でもあんまり意味はなかったかな」 その声に、横目で見遣る。弓親さんの伏せ目が月明かりをもらって綺麗に見えた。 もし、ここから内側には入ってくんなと言われたら無理やりにでも入り込んでやりたいと思っている。でもこのときしつこく問い質さなかったのは、やっぱり蚊帳の外ではないと思ったからだ。 |