尸魂界へ帰って二日後、どうやらルキアちゃんと阿散井副隊長の霊圧が消えたらしい。小耳に挟んだその噂を聞いたときわたしは素直に驚いたのだが、一緒にいた弓親さんはやっぱりねと落ち着き払った様子で息をついていた。彼を見上げて、数秒後、ハッとする。穿界門を歩いてるとき言っていたのはこういうことだったのか。「一護はほっといたら織姫ちゃん助けに行くだろうし、それをあの二人が付いてくなり追うなりしたんでしょ。帰れって言われておとなしく引き下がるとは最初から思ってなかったよ」なるほど、と納得する。織姫ちゃんはおそらくあの空の向こうに連れてかれたのだろう。そんな簡単に破面たちがいる世界に行けるものなのかは謎だけど、尸魂界と現世を繋ぐ穿界門のように一護たちには当てがあったのだろう。

相変わらず妙なところで察しがいい。特に褒めることはせず、留守の間溜まりに溜まっていた書類の整理を頑張る弓親さんをお茶を啜りながら応援していた。途中でつまみ出された。





次の日は非番だったのですきなだけ寝たあとお昼頃にようやく行動を開始した。死覇装に着替え、隊舎近くの家を出る。お昼ごはんを外で食べ終えのんびり瀞霊廷内を歩いていると、なんとなく違和感を感じた。何か変だ。破面の関係で慌ただしいのはおととい帰ってきてからずっとだからわかるけど、なんだろう、何か足りないような。
辺りを歩く死神たちに目を向ける。どこの隊かもわからない人たちばかりだ。勤務時間だからみんな何かしら目的を持って行動しているように見える。一方、現世から即時帰還し尸魂界の守護に務めよと言われたものの具体的な指示を受けなかったわたしは暇を持て余しっぱなしだ。多分他の人たちもそうだろう。なのにみんな忙しそうだからそわそわするのかな。





「……あれ」


十一番隊執務室に顔を覗かせると、そこは無人だった。暇を持て余してるとはいえ弓親さんは書類整理に勤しんでると思ってたのに、彼も今日は寝坊だろうか。
と思って踵を返そうとしたところで、目についたそれに動きを止めた。執務机に置きっ放しになっている書類の山だ。昨日弓親さんはちゃんと全部片付けてここを出たはず。何度か追い出されたのを粘り強く張り付いて結局弓親さんが帰るまでいたからわかる。じゃあ隊長か?副隊長なわけないし、一角さんかな。歩み寄ると、まるで執務を始めてすぐに放り出したような状態なことに気が付いた。墨汁もたくさん入ってるし、片付いた書類が数枚しかない。ふむ、と手を顎に当て考える。そんな自分の様子がまるで推理小説の名探偵のように思えてにやにやしてしまう。よって思考はそれで埋め尽くされた。やばい、かっこいいわたし。ここは葉巻でもあれば更に格好がつくぞ、と辺りを見回したところで、廊下から足音が聞こえてきた。パッと入り口に向く。我ながら素早い反応だった。


「…あっ、六席!おはようございます!」
「なんだマキマキか。おはよう」


単なる平隊員のマキマキだった。本名は知らない。なかなか濃い顔と副隊長にマキマキってあだ名を付けられたのだけを知ってる程度だった。彼は書類を抱えていたので弓親さんにでも届けに来たのだろう。「残念ながら弓親さんは留守だよ」教えてあげるとマキマキは動揺することなく「はい!存じております!」と意味もなく敬礼した。その反応が不可解で首を傾げる。


「どこ行ったか知ってるの?」
「は、はい!少し前に総隊長に呼び出されたとおっしゃって斑目三席と一番隊舎へ行かれました!」
「はあ?」


なんだそれ。わたしは聞いてないぞ。「召集された隊長副隊長の皆さんはその後穿界門に向かったようです!」聞いてもないことをしゃべってくれたマキマキにえっと声をあげる。知らないうちに何やら大ごとになってるようだ。そして気が付く。さっき精霊廷を歩いていたときの違和感、あれは隊長副隊長の姿はおろか霊圧までも微塵も感じなかったことにあったのだ。霊圧探査をせずとも大きな霊圧を持つ彼らは精霊廷にいるだけでもそれなりにわかる。それがまるで感じられなかったのだ。今改めて周囲に気を向けると、やはり普段より霊圧の密度が減っていた。


「で、なんでそんなことに?」
「さ、さあ…ですが破面側に何か動きがあったのかと」
「藍染隊長関係か!」


なんと、まさかこんなすぐに仕掛けてくるとは。決戦は冬だとか言ってたのがだいぶ前倒しだな。さすがは一時尸魂界を混乱に陥れた首謀者なだけある。ええと、それで隊長たちが召集かけられたのか。一角さんと弓親さんも、副隊長じゃないけど呼ばれたのか。なんでだろう。とにかく今はもう尸魂界にいないのは確かだ。執務室にいる意味もないだろう。「ありがとうマキマキ」やけに腰の低いマキマキの横を通り抜け退室する。


「えっ六席!この書類なんですが…」
「机に置いときなさいよー」
「は、はあ…」


さてどうしよう。弓親さんたちも呼ばれたということは他の上位席官もいないのかもしれない。なんでわたし呼ばれなかったんだろう。五席以上とかだったのかな。考えながら隊舎の外に出て当てもなく歩いていると、バタバタとどこかへ駆けていく隊士が目に入った。なんとなく目で追う。一人だけではなく、どうやら複数人が同じ目的地を目指しているようだ。やることもないし暇を持て余していたわたしは好奇心に忠実に、彼らについて行くことを決めたのだった。





「ほ?」


瀞霊廷を抜け、着いた先は現世だった。ちょっと意味がわからないけど、現世だった。すごい、早い、と言いたいところだけどわたしは穿界門を通った覚えはないし目の前の現世と思わしき町並みは一線を隔した向こうにあるのみで、今わたしが立っているのは辺りと同じ土の地面だった。
幻覚だろうか。それにしてはやたらリアルだ。一人首を傾げる間も周りの隊士はせわしなく走り回っている。何なんだこれは。


じゃねえか」
「あ、阿近さん」


いつの間にいたのか、後ろを振り返ると技術開発局専用の白衣をまとった阿近さんがいた。大して親しいわけじゃないけど十二番隊に顔を出すと大抵邪険にしてくるこの人はなかなか興味深いので嫌いじゃない。早速近寄って尋ねてみる。


「これ何ですか?」
「空座町だ」
「え?!これ空座町なんですか!」


尸魂界にはない建物だし現世でよく見ていた街並みだとは思ってたけど、これは空座町だったのか。………はあ?驚いてはみたものの意味がわからない。


「空座町作ったんですか」
「あ?ああ、まあ。これは本物の空座町だけどな」
「……んん?」


わたしの頭が逆さになるんじゃないかというくらい首を傾げる前に、阿近さんが渋々と一から説明してくれた。切り出す前に心底面倒臭そうに溜め息をつかれたのは聞こえなかったことにしてやろう。

阿近さんの話によると、浦原さんと技術開発局は空座町のレプリカを作り、本物の空座町とまるごと移し替えたのだそうだ。移し替えたそれが今ここにある。随分急かつ大掛かりな作業だったうえ管理は技術開発局に任されたため十二番隊はてんてこまいなんだとか。ここからじゃ一本しか見えないけど、この白くて巨大な柱が四方に立っていて結界の軸になってるらしい。


「でもなんでわざわざそんなこと」
「藍染の目的が空座町で王鍵を作ることだからな。そこで十三隊が迎え撃ったら本物の空座町が戦場になっちまうだろうが」
「ふーん」


藍染隊長が空座町で王鍵を作ることと戦場になることがどうして繋がるのかわからなかったけど、とにかく隊長たちは空座町に行ったらしい。そこに弓親さんたちもいるのだろう。こないだ帰ってきたばかりなのにまた現世に行くなんて、これをとんぼ返りというのだろうか。きっと遊んでる暇はないだろうからあんまりうらやましいとは思わない。んん?ということは……「今頃空座町で破面と隊長方が戦闘してるんだろうよ。上手く行ってればな」「じゃあ!弓親さんたちすぐそこにいるってことですね?!」ひらめいたわたしは迷わず駆け出し前方の空座町に突進した。


「べっ!」


が、見えない壁に思いっきりぶつかりそれは叶わなかった。大の字に倒れ込んだわたしの頭上で、阿近さんが馬鹿でも見るような目つきで見下ろしていた。


「だから移し替えたっつったろ。こっちは本物。現世のモンだから尸魂界と交わらないように結界張ってんだよ。んで隊長らは現世の偽の空座町で戦ってる。わかったか」
「ういっす…」
「んじゃおまえあっち頼むわ」
「は?」
「十二番隊だけじゃ人手不足なんだよ。どうせ暇だろ」
「いや非番なんで」


逃げようとしたのを襟首をガシッと掴まれる。何ということだ。嫌だ嫌だと抵抗するも阿近さんの握力は計り知れないし、引きずられる間空座町を横目に見たらなぜだか反抗する気が失せた。


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