「じゃあみなさん、留守を頼みますよー」 「食事は三度きちんと取るように。食後の歯磨きは怠らないように。いいですね?」 朝早くから浦原さんと鉄裁さんが商品の仕入れに出掛けることになった。駄菓子の流通ルートは知らないし興味も惹かれなかったけれど、茶渡さんも気晴らしに連れてかれることにジン太くんがぶーぶー文句を垂れて鉄裁さんにねじ伏せられていたのは見事だった。 朝ご飯を食べ終わったあと言われた通り日課である歯磨きをし、さて本日も暇だと背伸びをしながら家の中をぶらぶら歩いていると、雨ちゃんが掃除をしているのが目についた。まったくよくできた子である。それをなんとなく追いかけていると畳に寝転がっていた阿散井副隊長が邪魔者扱いされているのを目撃して面白かった。移動した先でもまた邪魔になっていて更に面白かった。彼は茶渡さんがいないと修業をつける相手がいないから暇を持て余しているのだろう。普段のわたしと同じである。弓親さんのとこ行こうかなあ。 「おっまえ戦ってるとき以外ほんっとダメダメだな」 「んだとコラ!」 「やんのかよ!」 おとなしく店の什器に座っていた阿散井副隊長に向かって喧嘩を売ったのはジン太くんだ。喧嘩が勃発しそうなところファインプレーといえるか謎だけれど、口を挟んでみる。 「阿散井副隊長、暇なら弓親さんたちのとこ行きませんか」 「あ?…あー、俺はいい。一人で行って来い」 「え、はあ」 なんだ。久々の休日は家で過ごしたいのだろうか。引きずって連れ出すわけにもいかず、そもそもどうしても一緒に行きたいわけでもないので言われた通り一人で行こうと踵を返す。と、阿散井副隊長が話を続けたので振り向く羽目になった。 「つか言い忘れてたけどよ、ここ来た日、悪かったな」 「え、何がです?」 「弓親さん、おまえを乱菊さんとこ行かせようとしたんだろ?あとでルキアに怒られちまった」 「…あーあーあれか。でも織姫ちゃん家に三人もお世話になるのは悪いので結果オーライです。むしろここに連れて来てくださってありがとうございました」 あんなの気に病むことではないのに。気にしてくれてたんだなあ優しい人だなあ。弓親さんの気遣いも有難かったけど阿散井副隊長のそれも有難い。前者は酷くわかりづらかったから感謝はしない。もっとはっきり意思表示していただきたいものだ。それでも織姫ちゃんの家にお世話になるより浦原商店にお邪魔した方が全体的にバランスが取れるから、本当になるべくしてなったというか、この件に関しては誰も悪くないと思うのだ。しいて言うなら現世に長期滞在が決まっていたのに先遣隊の寝床を確保してくださらなかった総隊長に責任があるのではないだろうか! 「そーか。…で、おまえと弓親さんてどういう関係なんだ?」 一人納得していると阿散井副隊長から相槌と共に問い掛けられた。しかし一度反芻し考えてみても、自分が思う解答と求められてる返答どちらも思いつかなかった。何を聞かれてるんだ? 「はい?」 「ただの上司と部下にしちゃ親密すぎねえか」 「ほう…そうですかね。あんまり考えたことないですけど」 言われて考えてみるものの思い当たる節はなかった。親密…?人を間違えてないか。あの人ならわたしとより、一角さんとの方が断然親密だと思う。そんなの一目瞭然というやつなのに阿散井副隊長は何を見ているのだろう。 「気のせいじゃないですかね」 「…そうか。引き止めて悪かったな。早く行ってこい」 「はーい」 まだ何か言いたげだったけれど何も言ってこなかったので突っ込むことはしなかった。彼は何と答えてほしかったのだろうか。 ラッキーなことに啓吾くん家に着く前に弓親さんを見つけ、一角さんの元へ行こうとしていたらしくそれにお邪魔させてもらうことにした。彼は朝から公園で修業をしているんだそうだ。はあ、勤勉だなあ。弓親さんはしないんですかと聞いてみればあっけらかんと「そういう気分じゃないんだ」と返された。この人も案外怠惰だ。 「あ、そうだ。聞きたいことがあるんですが」 「なんだい?」 「わたしと弓親さんってどういう関係ですか?」 「……は?」 また訳のわからないことを、みたいな顔をされた。が、悪いのはわたしじゃない。とても不服だったので事の経緯を懇切丁寧に「さっき阿散井副隊長に同じことを聞かれたんです」と説明してあげれば呆れた表情から一転、顔をしかめたではないか。こんなことで不満を露わにする弓親さんの耐性のなさは心配に値するであろう。 「阿散井の奴…」 「そんな顔するほどですか」 「べつに。…上司と部下ってだけじゃ駄目なのかい」 「ですよね。阿散井副隊長もそれはわかってたんですけど。何を求めてたんでしょうか」 「知らない」 あれま、機嫌損ねた?しかしどう見ても今回はわたしのせいじゃないので謝らない。というか謝ったことなんて滅多にないけど。今日帰ったら阿散井副隊長に文句言ってやろう。 そんなことを考えていると突然弓親さんの方から電子音が鳴り出した。聞くのは何度目かになるそれは、現世に虚が出たという報せだった。おうおうまた大虚か?安売りもいい加減にした方がいいんじゃないかね。 『空座町に、破面の反応を確認。繰り返します、空座町に、破面の反応を確認』 「え」 「破面…?」 ポケットから取り出した伝令神機から聞こえたのは技術開発局の壺府くんの声だった。やあ久しぶり、と思ったのも束の間、彼の形式的な伝達内容に驚いた。破面?虚じゃなくて?『座軸データ三八二〇に、破面の反応を確認しました』もし間違いだったら彼がこないだ現世に来た意味は皆無だったということにしてやろう。 「ていうか、伝令神機持ってないのは想定内だけどさすがに義魂丸は持って来てるよね?」 「あ、はい。それはさすがに」 躊躇ない迅速な対応に定評のある弓親さんは素早く義魂丸を飲み義骸を脱いだ。遅れてわたしも脱ぎ、先程の壺府くんからの情報を整理することを試みた。座軸三八二〇、ってどこら辺だっけかな。思い出すより先に弓親さんが「行くよ」と声を掛けて踵を返したのでちくしょうと思いながらもついていく。 『松本、阿散井、斑目、綾瀬川、。聞こえるか』 『はい、こっちも確認しました』 『へっ、また楽しめそうじゃねえか』 「ちょっと厄介そうだけどね」 弓親さんの伝令神機から微妙に漏れてくる先遣隊メンバーの声をなんとなく聞きながら走る。まったくなんでこんなときに来るのかね破面は。あ、まさかこないだ破面と戦いてえとか言ったから?いやあれは現世に飽きたらってだけであって何も今来てほしいなんて思ってないよ。空気読めないなあ。 『こちら阿散井。俺が一番遠い。先に向かってください』 『わかった。…おい、の応答がねえぞ。あいつどうした』 「日番谷隊長、なら自分と向かってます。伝令神機所持していないみたいで」 『はあ…了解』 日番谷隊長の重い溜め息は聞かない方向でいいだろう。 三八二〇とは廃工場みたいなところだった。既に日番谷隊長が到着していて、間もなく破面が二体現れた。端的に表現すると少年とおっさんである。今のところ男しか見たことないけど、もしかして破面に女の子はいないのだろうか。 横で弓親さんが「また出番ないかもね」と零したので確かにと頷く。現にすぐさま交戦状態となり十番隊と十一番隊で各一体ずつを相手にする流れになったのだ。生粋の戦士である一角さんはサシを好むのでわたしたちの出番はゼロと言っても差し支えないだろう。見てるだけとかつまんねえの。破面が斬魄刀を解放しても何も感動しない。 「暇なんでわたし帰っていいですか?」 「君ね…」 「弓親さんの出番になったら呼んでください。割り込みに行くので」 「絶対呼ばない。……阿散井の方にも破面行ってるみたいだから手伝ってあげれば」 「おっ、よし行こう」 「まあ君の手助けなんて必要としないだろうけどね」 「失礼しますこのやろう」 二の腕あたりをグーパンして踵を返す。今このタイミングで大虚が出てきてくれればわたしが一人占めできるのに、藍染隊長はことごとく空気が読めない。 |