「できたー!」


味見用と桃山さんのお母さん用に二つのケーキが完成したのは夜が明けた早朝だった。結局寝ずに作り続けたのだ。吐きそうなくらい味見を繰り返したおかげでお腹は胃もたれが起きもう何も食べたくない状態である。がしかし、この完成体であるケーキを味見しないことには最後のステップに進めない。仕方なくお皿に小さめに取り、他の三人が食べるのを見てから食べよう、あわよくば食べずに終わろうと思いうかがっていると、一口食べた三人の目が見開かれた。


「すごーいとろけそうですー!」
「なんか幸せな気分になりますねー」
「うん、美しい味だ」


お、成功だ。今までのまずいケーキの結果どんなものができたのか気になるところではあるが、それ以上にわたしの胃は限界だ。ずるいけどパスさせていただく。なんとなく食べた雰囲気を出すためケーキを崩してテーブルに置いておいた。それにしても、弓親さんはおまえそれしか言えないのかと言いたくなる感想だよね。

もう桃山さんのお母さんが事故現場に来る時間なので急いで向かうと、目的の人物は丁度花を置いて立ち去ろうとしているところだった。「あの…」壺府くんが声を掛け引き止めると、どこかやつれた様子の彼女は振り返った。


「…あなたたちは?」
「僕たち、桃山さんの友達です」


今ここに桃山さんもいるというのに、霊力のないお母さんはそれが見えない。世知辛いなあと思いながら黙って様子を見ていると、弓親さんが桃山くんのレシピ通りに作ったと言ってケーキを差し出したところお母さんがそれを拒絶するというまさかの展開に。


「……ごめんなさい。これは、受け取れない」
「え?!ど、どうしてですか」
「私、もうケーキは駄目なんです。ケーキを見るとあの子のことを思い出して…辛くって…」


それを聞いた桃山さんは絶望に打ちひしがれたような表情で「そんな…」と零し、謝り去ろうとするお母さんを引き止めようと「待って、母さん、っ、貸して!」ケーキを持って走ろうとした。が、魂魄である桃山さんが持てるわけもなく、焦って奪おうとしたそれは地面に落ちてしまった。やばいやばいと慌ててしゃがんで確認する。形は若干崩れたものの、原型はとどめてる。まだ食べられる。


「大丈夫です、まだ食べられ」
「うああっ!!」
「え」


見上げると桃山さんの胸元が赤く光り出したではないか。因果の鎖が剥がれてしまう、虚になる前触れだ。お母さんに拒絶されたのとケーキが落ちてしまったことで桃山さんの霊圧が大きくぶれてしまったのだろう。止めないと虚になる、と立ち上がったところで、これとは別の霊圧が出現するのがわかった。「まずい、霊圧に惹かれて…」弓親さんも察知したようで、ほとんど同じタイミングで空を見上げた。


「来る!」


空が割れて出て来たのは予想通り大虚だ。しかし剣道の件でも見たばかりだし、最近の大虚は安売りしすぎだと思う。「ひいっ」思いっきり腰を抜かした壺府くんは戦場慣れしていないのだろう、それを嘲笑うかのように素早く義魂丸を飲み義骸を脱いだ弓親さんは「大虚に慌てるなんて美しくないね!」と言ってあっさり虚閃を弾いた。が、そのせいで閃光がケーキへ飛んでいってしまう。あっと思うより先に瞬歩でそれを庇う弓親さん。しかし虚閃を受けた腕が負傷してしまったようだ。大丈夫だろうか。義魂丸の魂魄と一緒に弓親さんの元へ駆け寄る。


「僕としたことが…迂闊だった。、これを」
「あ、はい。加勢しましょうか?腕痛そうですけど」
「…大丈夫だよ」


ケーキをわたしに預けるとまた上空に飛んで行った弓親さんを目で追って、それから山田くんと壺府くんに目を向けた。桃山さんのことは任せよう。虚になってしまったら討伐、と。大虚を取られてしまってやることがなくなったわたしはケーキを守るのに徹することにした。


「満たせ、瓢丸!とおーーりゃー!」


ほ?山田くんの大声が聞こえたと思ったら彼が赤い斬撃を放ったではないか。よく見るとメスみたいな小さい刃物から打ち出されたようだ。それはそのまま大虚の胴体を攻撃し、「今です、綾瀬川さん!」「うん。咲け、藤孔雀!」弓親さんがとどめを刺して無事大虚は消えた。はーすげえ。ていうか、ならわたしも割り込んで戦えばよかった。長く一角さんと一緒にいるせいで獲物は取っちゃ駄目みたいな癖がついてしまってるようだ。
そのあと山田くんの瓢丸という斬魄刀の能力を聞き、面白い刀だなあと感想を述べていると、気絶していた桃山さんとお母さんがほぼ同時に目覚めた。


「…母さん、大丈夫?!」
「平太、」
「よかった、母さん」
「おまえ、どうして…!」
「母さん、見えるの?僕が」


なんと、今この瞬間、一般人に霊が見えるという超常現象が起こったらしく二人の感動の再会が執り行われていた。え、なんでなんで。目を丸くして辺りを見回すと、壺府くんの近くに二日前にも見た不気味な物体を発見した瞬間解決した。「あ、こいついつの間に」それは壺府くんがケーキを買った際に実体化させたという装置だ。それが今、桃山さんに向けられているのだ。「母さん、僕のケーキ、やっと完成したんだよ」「それじゃ、あれは本当に…」お、わたしの出番。「あのこれ、少し崩れてしまいましたけど」「味は保障しますよ」隣でいつの間にか義骸に戻っていた弓親さんがそう付け足した。お母さんがフォークを取り、一口食べる。


「おいしいねえ…」
「ほんと?」
「ええ、とっても。これが、平太のケーキなんだね」
「あは、あははは」


二人とも号泣である。残念ながらお涙頂戴というところまではいかないけれど、なかなかの感動シーンだ。死んだ息子が母と一時の再会。桃山さんの心残りも母のケーキ克服も叶ったわけだし、よかったよかった。


「ごめんね、平太。もう、ケーキを見て辛いなんて、言ったりしないから」


というわけで無事桃山さんは魂葬され、その日のうちに山田くんと壺府さんの任務も終わらせることができた。二件落着である。解散は浦原商店だったので、二人が尸魂界に帰ったあとも弓親さんはしばらくゆっくりしていた。いろいろ忙しかったものね。わたしも今すぐ布団にダイブしたいよ。縁側に二人で腰掛け、鉄裁さんが淹れてくださったお茶を啜る。…ところで今気付いたのだけど。


「弓親さん、あの魂魄を実体化する機械、壺府くん専用じゃなかったんですね」
「みたいだね」
「じゃあ、最初から桃山さんがあれ使ってケーキ作ればよかったんじゃないんですか」
「それ僕も思った」


珍しく二人の溜め息が重なった。桃山さんが報われた達成感よりも、時間を無駄にした感がどっと襲ってきたのだ。


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