「ま、でも、この服は悪くないね」


結局、鏡に映る自分のパティシエ姿を見つめる弓親さんは大層ノリノリのご様子。ポーズまで決めちゃってるよ。弓親さんには白けた目を向けておくだけして、わたしたちは早速ケーキ作りに取り掛かることにした。浦原商店の台所は最近リフォームしたらしく広くて綺麗だ。しかし、人数もいることだしと各々分かれたのはいいが基本料理経験のないわたしたち四人は桃山さんの指示に従ってもまともに作業工程をこなせなかった。生クリーム担当の壺府くんと山田くんは特に大苦戦だ。


「生クリームは、もっと強く掻き混ぜてください」
「あ、はい」
「あの…なぜか卵がどろどろになってきちゃったんですけど…」
「何をどうしたらそうなるんですか!湯煎は、人肌ぐらいって言ったじゃないですか!熱すぎるんですよ!それじゃ温泉卵になっちゃうじゃないですか!」
「うう、すいません…」
「作り直してください!」
「はい…」
「…味見はほどほどにしてくださいね」


山田くんに応対していた桃山さんの目を盗んでつまみ食いをする壺府くん。あの人さっきも知らない間にケーキ買ってたし、甘いものに目がないのはわかるけど限度というものがあるんじゃないか。あれ日頃から阿近さんに怒られてるよね絶対。だってわたしも技術開発局に行ったときペロペロキャンディーこれ見よがしに舐めてたらすごい勢いで柄の部分引っ張られたもの。歯も一緒に抜けたと思ったよね。
浦原さん家にお世話になり始めてから料理のお手伝いをするようになったわたしは他の人たちよりもまともらしく、生クリーム担当の二人や苺を嫌がらせのように微塵切りする弓親さんみたいに桃山さんの手をわずらわせることなくスポンジとやらの生地を丸い形に流し入れ、無事オーブンで焼くことに成功した。


「こればっかりはどや顔を禁じ得ませんね」
「あっそ」


そしてスポンジが焼けるまで待機となったわたしたちは居間で休憩を取ることにした。といっても二十分くらいで焼けるそうなのであまりゆっくりはできないけれども。


「弓親さんも啓吾くん家でご飯のお手伝いすればいいんじゃないですか?最近は料理できる男の人の需要高いらしいですよ」
「…がそんな話するなんて珍しいね」
「こないだ浦原さんと一緒に見てたテレビでやってたんで」
「へえ」


隣に座った弓親さんをこっそり盗み見ると顔をしかめていた。いつも通りだ。この人がにこにこしてるところなんて早々に見れるものじゃないと思う。向かいでは壺府くんが「死神で料理する方そんなにいませんしね」と言い、山田くんが眉をハの字にしながら頷いた。と、この場でその需要を満たしている人がいることに気付いたわたしは、本人に向かって「きっと桃山さんみたいな人は人気者でしょうね」と投げかけた。


「えっ、そうですか?」
「そうですよ!あ!いっそのこと、瀞霊廷にお店構えてくださいよ!」


突如ハイテンションになった壺府くんに若干引きつつも、それは名案だと思った。まあどうせ、魂葬された桃山さんの魂が尸魂界に辿り着くのはまだまだ先のことだし、そもそも現世での記憶は残らない確率の方が高いので絵空事だけど。そんなことを考えていると、弓親さんの「もうそろそろ焼けるんじゃない?」との一声で休憩は終了となった。

焼けたスポンジに生クリームを塗り、飾り付けにフルーツを乗せあっという間にケーキができあがった。もう外は真っ暗だ。


「できたー!これでお母さんに渡せますね!」
「まだです」
「え、どうしてですか?」
「味をみてみないといけないですから」
「ああ、それもそうですね」
「食べてみて、おいしければ改めて母に渡すバージョンを作ります。…とは言え、僕は食べられないし」
「僕たち…ケーキ食べるの初めてなんです」
「ええ?!」
「尸魂界にはないからね」


ここに来て問題発生であろうか。味見する人がいないというまさかの展開である。とかいってわたしもないのだけど。現世の甘味はもっぱらプリンにしか興味がなかったのだ。「誰か食べたことある人はいないんですか…?」浦原さんたちに頼めばいいんじゃないかと口に出そうとした瞬間、テーブルからにゅっと顔がお出ました。雨ちゃんである。


「あのー…」


彼女の言うことには、茶渡さんと阿散井副隊長に頼めばいいということだった。今頃地下勉強部屋で修業中だろう。「じゃあ、雨ちゃんお願いしていいですか」こくりと頷いた彼女は頭にケーキのお皿を乗せ、台所を出て行った。

が、駄目だったらしい。


「作り直しです」


茶渡さんと阿散井副隊長のリアクションは相当酷かったらしい。何が駄目だったのかわからないが、作り直しを命ぜられたわたしたちはせっせとそれに取り掛かった。
そのあと作ったケーキも失敗、何個も廃棄処分となりゴミ箱にはほぼ丸々のそれが捨てられていく。一日では完成せず日付の変わった今日も作ったものの、成長しないあまりのまずさに、ついに阿散井副隊長たちが隠れ出すという事態が起こった。
いよいよ自分たちで味見しなければいけなくなった、というところで、丁度元々あった材料が切れたので買い出しに合わせて桃山さんの店でケーキを買って来ることになった。本来のケーキの味を知るためである。疲弊しながらもケーキを選びたいと言って買い出しに名乗り出た壺府くんは半ば無理矢理山田くんも連れて出ていく。元から行きたくなかったのでラッキーだ。きっと弓親さんも思っているに違いない。こうしてわたしたちは、二人が帰ってくるまで長めの休憩時間となった。


「すみません、僕も少し出てきます」
「はーい。弓親さんみかん食べます?」
「……」
「弓親さん?」
「僕たちもあとで出るよ」
「え」


桃山さんの後ろ姿を目で追う弓親さんはそれ以上何も言わずに座り、お茶を啜った。なんで?そして彼はしばらくするとスッと立ち上がり、何故か義骸を脱ぐまでしたのだ。それを眺めているだけのわたしは弓親さんに「早く行くよ」と急かされ、訳もわからず義骸を脱ぐと腕を掴まれそのまま駆け足で浦原商店を出た。わたしじゃない、弓親さんが走ってるせいだ。


「え、まじでなんなんですか」
「早く。桃山平太、多分事故現場に向かったんだと思う」
「だったらなんなんです?」
「様子を見に行くんだよ。虚になられちゃ堪らないだろ」


そういうことか、なら最初から桃山さんと一緒に行けばよかったのに。小声で文句を言ったつもりだったけれど聞き取られてしまったようだ。「何か思い詰めた様子だったから。一人になりたかったんだと思うよ、彼」へえ。素直に感嘆する。弓親さんは案外周りを見ている。これも五席たる所以なのだろうか、思慮に長けているのだ。絶対に褒めてはやらないけど。
上空を走っていると弓親さんが突然「いた」と言って止まったのでその背中に思いっきりぶつかった。向こうは倒れることはなかったのに痛そうに何か恨み言を言っているけど聞こえない振りをする。こちとら足場を崩さないように下見ながら走ってたんだから仕方ないでしょうよ。


「まったく…」
「で、桃山さんいたんですか」
「ああ。静かにしてな」


弓親さんの推測通り、事故現場と思われる道路には花がポツンと飾られている場所があり、そばには桃山さんが立っていた。酷く落ち込んでいるようだ。「桃山さん…」声が聞こえて見てみると彼の近くに買い出し帰りの壺府くんと山田くんがいた。二人も桃山さんを見ている。


「お母さんの引越し、明日だそうです」
「じゃあ、あそこに花を置きに来るのは、明日の朝が最後…」


二人の話を聞いて、桃山さんの落ち込んでいる理由がわかった。なるほど、時間がないのか。また弓親さんを盗み見ると、彼も真剣そうにそれを見ていた。多分この人も同じことを考えているのだろう。


「頑張りましょうか」
「…そうだね」


二日三日、ケーキ作りに励んだっていいかもしれない。乗りかかった船である。


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