さあ次の場所へ行こう、と踵を返すと、壺府くんのいた店内から整の魂魄が出てきた。「あ」「……うわああああ!!」「おばけ?!」小太りな魂魄がビビり、壺府くんもビビる。その様子を見て人知れずふっと笑う。甘いな壺府くん、君も雨ちゃんのホラー映画を見るべきだ。あれを見たあとでは普通の魂魄をおばけなんて言って腰抜かすことなくなるよ、本当に。


「これは……」
「地縛霊…」


一人どや顔を決めていると山田くんと弓親さんがなにやら上を向いていた。それに倣い見上げてみると、どうやら因果の鎖が店の屋根に何重にも巻きつけられているのがわかった。どこからどう見ても地縛霊である。あれだ、この人の格好、パティシエってやつだよね。ケーキ屋さんなんだし、何か事情でもあるのだろう。


「あの…あなたたち、僕のこと見えるんですか?」
「ええ、そりゃあ、死神ですから」
「そりゃあよかったー!」
「よくない。君はここの店に何か想いが残ってるんだろうけど、このままここにいたら、危険だ」


弓親さんはこう、血も涙もないところがあるよね。地縛霊がいることの危険性だけを考えて対処しようとする。斬魄刀を抜き、「君のような魂がここにいては虚に狙われるか、」パティシエさんの因果の鎖を引っ張る。


「自分がその虚になって、肉親を襲うことになる」
「ええっ?」
「それを避けるためにこれから君を尸魂界に送る」


柄の後ろに死生の文字が浮き上がる。魂葬の準備は整った。パティシエさんは地縛霊なだけあって、今そんなことされたら困ると、話を聞いてくださいと懇願している。その人と、なお全く頓着してない様子の弓親さんを交互に見て、止めた方がいいよなあと思う。近くであわあわしている山田くんと壺府くんも同じことを考えているのだろう。だってね、話くらい聞く時間はあるだろうに。


「覚悟!…?!」


咄嗟に、弓親さんの斬魄刀を持つ手を山田くんが止め、パティシエさんとの間にわたしが割り込んで弓親さんが動けないよう前から拘束した。壺府くんは後ろから手を回している。素晴らしきこのチームワーク。これで弓親さんは動けまい。


「ちょ、何だい君ら?!」
「弓親さんストップです!」
「あの!話を聞いてあげませんか?!」
「そうですよ!聞くだけ聞きましょう!」


わたしたちの必死の言葉が届いたのか弓親さんはあっさり動きを止めた。あっさりすぎて逆に疑わしい。


「……わかったから、離して」
「ふう、よかったー」
「ほんとですか弓親さん」
「ほんと。だから君も離れて」
「信じ難いですねー」
「ほんとだって言ってるだろ!いつまで抱きついてるんだ!」
「って!なんでわたしだけ殴るんですか!」
「君だけずっと離れないからだろうが!」


なんだと?気付けば山田くんも壺府くんもすっかり弓親さんから離れていて、思わずなんでやねん、と突っ込んだ。よく考えたら今殴られたのってげんこつとかじゃなくて斬魄刀の柄の部分だ。ちょう痛え。ひどい二人とも離れたなら離れたって言ってくださいよと文句を言ったら「いやあ、綾瀬川さんがわかったとおっしゃったのでもう大丈夫かなと」と山田くんが苦笑いした。わからないでしょそんなの。油断した隙に魂葬するかもしれないというのにまったく。


「ねえ弓親さん。あれ、顔赤くないですか?」
「赤くないから。黙ってろ」


話を振ったらそっぽを向かれてしまった。わたしは正しいことをしたのに殴られた被害者だというのに、この仕打ちはなんなんだよ。

とりあえず話を聞こうと河原へ赴き、壺府くん山田くんパティシエさん弓親さんわたしの順で横一列に座った。店から結構離れたのにまだまだ余裕そうな因果の鎖を見て壺府くんと山田くんが感嘆しているのを弓親さんは華麗にスル―し、それで、とパティシエさんに促す。


「はい…僕、桃山平太っていいます」


桃山さんが言うには、ケーキ職人として働いていたある日、店の前で車に轢かれて死んでしまったのだそうだ。「毎日、一生懸命ケーキ作りの修業をしてきたのに…」わかりやすく落ち込んでいる桃山さんの様子を見て、それが地縛霊となった原因か?と疑問に思った。だってそれ、わたしたちの手ではどうしようもないことだ。因果の鎖はすでに肉体から完全に切断されてしまっていて、生き返らせることもできない。話を聞いてほしかったくらいなんだから、もっとわたしたちに出来る何かがあるんじゃないのか。


「で、困ってることって?」


弓親さんも同じ考えだったようだ。桃山さんとしてもやはりここからが本題らしく、彼は低いテンションのまま話を続けた。
地縛霊になった原因はお母さんのことなんだそうだ。毎朝人通りもない時間に事故現場に来て桃山さんの冥福を祈ってくれる母が最近痩せてきて、それを見兼ねた姉夫婦が同居しようと持ち掛けたのだそうだ。つまりもうすぐ母が遠くに引っ越してしまうということを意味するが、それは喜ばしかったんだと。


「ただ、僕、修業中だからって、一度も母に僕のケーキ食べさせたことなかったから…」


なるほど、そこに未練があるのか。でもさっきも言ったけど、「それわたしたちに出来ることなくないですか?」小声で弓親さんに言えば同意された。これは話聞いて終わりかな、と思っていると、雰囲気をガラッと変えた桃山さんが突然「そこで!!」と叫びながら立ち上がった。


「僕が作り方を教えますから、ケーキを作ってほしいんです!」
「え」
「…はあ?」


そう来たか。


「母に食べさせたいんです。僕の作り方で作れば、微妙ですけど僕のケーキですから、…お願いします!」
「まったく、何を言い出すかと思えば…」
「やりましょう!」


「はあ?!」声の方へ振り向いた弓親さんの影からわたしも覗く。なんと、壺府くんがあからさまに目を輝かせているではないか。ツッコミに回った山田くんもさすがに困り気味だ。


「それ、ケーキ食べたいだけなんじゃ…」
「とにかくやりましょう!なにしろ、ケーキなんですから!」
「やっぱり…」
「ありがとうございます!」


この場で盛り上がってるのは桃山さんと壺府くんだけである。話ぐらい聞こうと言ったのは間違いなく自分もだったけれど、まさかケーキ作りを任命されるとは。まだ調査終わってないですよねと言えば壺府くんは「そんなのあとでもできます!」と、もう聞く耳も持たなかった。


「厄介なことになったな…」
「どうします、弓親さん」
「どうするも何も、さっさと終わらして任務の続きしないとね」
「あれ、案外ノリノリ?」
「そんなわけないだろ」


わたしは頭の中で任務とケーキ作りを天秤に掛けて、食べ物という点でなんとか後者を沈ませた。面倒くさいけど、ケーキ食べてみたかったし、…よし、いいだろう。


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