例によって朝からやることがなくて、なんとなく義骸を脱いでみたけれど特訓する気にもならなくてまた戻った。ぼんやりと壁掛け時計を見上げて、ついに、現世探索しようと思い立ったのだった。
こないだ水色くんと会った道路を抜け、空座第一高校の門を横切ろうとしたところで学校から女の人の大声が聞こえた気がしたけれどスルーした。 「…あれま」 気が付いたら啓吾くん家のマンション前に来ていた。こないだ浦原さん家のテレビで「すべての道はローマに通ず」と言っていたのを思い出した。ローマが何なのかわからなかったけれど、あれは啓吾くん家って意味なのかもしれない。ということでインターホンを鳴らす。 『はい……て、どうしたの』 「その声は弓親さんですね?暇なので一緒に現世探索しませんか」 それには何の返事もなく、あれ?と思っていると家の中から足音が聞こえ、すぐにドアが開いた。ものすごく嫌そうな顔だ。 「さ…遊びに来てるんじゃないんだよ」 「そんなことより商店街やばいですよ弓親さん。物価安いし品揃えいいし。美容品たくさんですよ」 「一角ーちょっと出掛けてくるねー」 ちょろいな。家の中から「おー」と一角さんの声が聞こえてきたので二人で出掛けることにした。 「…ていうかも制服なんだ」 「なんとなくですけど。弓親さんこそ」 「平日だからね」 「へえ…これが制服デートってやつですねダーリン!」 「今あの子いないんだからその設定いらないよ!」 そうか平日は学校に行ってるんだよねみず穂さん。つまらないなあ、この設定楽しいのに。 道路を歩いていると弓親さんが何か思い出したように「あ」と声を上げた。振り向いてみる。 「そういえば、日番谷隊長が今度みんなで剣術の鍛錬するって言ってたよ」 「なんだと。わたし死ぬじゃないですか」 「まあ頑張ってね」 「怖えー日番谷隊長って絶対わたしのこと嫌いですよね」 「好かれてはいないだろうね」 「もっとオブラートに包めないんですか」 むかつくなあ。思いっきり顔をしかめてやったけれど弓親さんには無効果だった。それもすぐに目的地に着いたためどうでもよくなり、「あ、ここです」と指差した。こないだ乱菊さんに教えてもらった化粧品店である。丁度今がセール中らしく、ただでも尸魂界より物価が低いというのに驚きの破格なのだそうだ。といっても自分はお化粧とか美容にあまり興味がないので乱菊さんからここを聞いたときも聞き流していたのだけれど、時間があれば弓親に教えてあげなさいと言われたから教えてあげたのだ。ということを話すと弓親さんは「へえ、乱菊さんにはお礼言わなきゃね」と楽しそうによくわからない瓶を取って見ては置いて取って見ては置いてを繰り返していた。 それを眺めながら、特に意味もなく頬を膨らませる。べつに乱菊さん、わたしを経由しなくても直接言えばよかったんじゃないか。伝令神機だってあるんだし。セールが終わったあとに連れていったら損じゃないか。わからないなあ。 「は買わないの」 「洗顔フォーム買います」 「化粧水とかは?」 「使わないですね。持ってもないですし」 「ああそう…」 なんだその顔は。むかついたので一人で洗顔フォームの棚と向き合う。ほおほお安いなあ。このよく泡立つってやついいなあ。これにしよう。チューブの形をしたそれを手に取ろうとした瞬間、隣から伸びてきた手に頬をつままれた。お?横目で犯人を確認してみる。もちろん弓親さんだ。 「なんですか」 「こっち向いて」 「……」 隣にしゃがむ彼に嫌々向いてやると頬に手を添えられ、ぐっと顔を近づけられて「なるほどね」と呟かれた。この間、わたしは弓親さんの目を見ていたのだけれど、視線は交わらなかった。目以外を観察されてた気分だ。なんなんだ。パッと離されまた棚を吟味しだした弓親さんにはてなマークを飛ばしていると、弓親さんは「これだ」とまた独り言を言い、今しがた手に取ったものをわたしに差し出した。 「はい」 「なんですか」 「君に合う化粧水。お風呂上がりとか顔洗ったあとつけるといいよ」 「なるほど」 「そのあとは乳液もつけた方がいいよ。これがいいかな」 「あ、はあ」 「あとこれとこれとー」 ポンポンと渡されていく美容品や化粧品たちを全部受け取っていく。ほとんどどうやって使うのかわからない。これ何だ…?グロス?グロテスクの略か? 「まあほとんど仕事あるし、念入りに化粧しろとは言わないけど、一応持ってな。急に使うときが来るかもしれないし」 「はあ…」 美容のことになると途端に元気になる弓親さんには正直引いたけれど、まとめるとわたしの為にやってくれてるのだろう。それはわかるので嫌な気分にはならない。多分こんなに色々あってもお化粧はしないだろうけど、確かにおめかしするときはときどきある。その度乱菊さんに頼っていたけれど化粧道具くらいは自分で揃えておくべきだろう。 化粧品と美容品、どちらもたくさん持ってお会計をしようとしたら弓親さんに止められ、何かと思ったら自分のと一緒にお金を払われてしまった。なんだと。「払われときな」あっさり言われたけれど買ってもらう義理がない気が。どういうつもりだ。 「さすがに経費じゃ落とせないですよ」 「当たり前だろ。部下の面倒見るのは上司の役目なんだから黙ってな」 「はあ。…じゃあ、まあ、ありがとうございます」 「どういたしまして。最低でも化粧水と乳液とボディクリームは使いなね」 「おす。じゃあ、弓親さんのために頑張ります」 「………うん、よろしく」 帰りにまた空座第一高校の前を通ると、弓親さんが眉をひそめて「一角の声がするんだけど」と言い入っていった。大方あの子絡みだろうと予測する弓親さんになるほどと頷きながらついて行くと予想通り一角さんとみづ穂さんがいた。啓吾くんもいたし他の…生徒?らしき男の子たちもいた。 事情を聞くと、空座第一高校の剣道部の先輩が紅帝学園の同部に夜な夜な襲われるという事件が発生し、憤慨したみづ穂さんが来週に親善試合を申し込んだのだそうだ。でも今元気なのがこの一年生たちだけで…?一角さんがコーチを頼まれた、という。なるほど。 「説明ありがとう啓吾くん」 「あ、はい…」 「じゃあわたしたちも協力…」 「僕知ーらない。帰るよ」 「え、」 なんだと。むりやり腕を引かれ強制退場させられた。え、なんで。わたし今珍しく乗り気だったんですけど。みづ穂さんのお役に立てるんじゃないかと。 「ちょ、弓親さん」 「剣道のルールも知らないくせに首突っ込まないの」 「剣の道でしょ、メンッ!ドォッ!ハァッ!でしょ」 「小手だよ馬鹿」 ルールくらいどうとでもなる。十一番隊の鍛練場で鍛えた剣術を今活かさないでいつ活かすんですか。おい綾瀬川! 「ああいうスポ根って感じ、君、とことん向いてないよ」 「なんだと」 「まあ僕もだけど。そもそも興味ないんだよね。防具とか絶対つけたくないし」 「はあ」 なんだかなあ。折角こっち来て楽しいことが見つかったと思ったのに弓親さんの偏見で無になるとは。やることなくて暇なんだよ。常に町の警戒怠れないからあんまり遠出できないし。やっぱり十二番隊作成のパンフ持ってくればよかった。 |