甲高い音は松野屋を出る頃になって消えた。丁度日が沈んできているところで、お、やっとか、とのん気に思ったわたしと違い二人は顔を険しくしたようだった。


「…行ってみる?一角」
「ああ。そうだな」
「はい?どこにですか?」


聞き返すと弓親さんが「乱菊さんのところ」と短く答えた。おそらく二人は何かの霊圧を感じ取ったのだろう。義魂丸を飲み込みながら辺りの霊圧を探ってみたけれど、案の定遠くの方に二つあるのがわかるばかりだ。これが乱菊さんと虚のものだということは、これまでの情報がなければ絶対にわからなかっただろう。

一角さんと弓親さんのあとに付いて空を駆ける。途中で日番谷隊長と合流し弓親さんと何か会話をしている内に「先行きます」と一角さんがスピードを上げた。小さくなっていく後ろ姿を眺めていると彼はある一点で下に降りていった。周りを見ると他の住宅街と違う様子に首を傾げる。


「緑が多いですね」
「あそこ公園じゃなかったっけ」


どこで知ったのか、弓親さんの記憶通りそこは遊具もある公園だった。遅れて降り立った頃にはどうやら一角さんが虚を倒し終えていたらしく「つまらねえ。準備運動にもなんねえぜ」とのたまっていた。


「ふっ。一角の相手じゃなかったみたいだね」
「隊長、弓親、!」


日番谷隊長の話では、虚の霊圧パターンが急に変わったらしい。じゃあ今のは虚じゃなかったということだろうか?弓親さんたちが乱菊さんのところに行こうと思ったのもそのせいだったのだろう、 自分置いてかれてるなあ。ふと見ると、乱菊さんの腕には胸に因果の鎖をぶら下げた少年が抱えられていた。


「乱菊さん、この子は?」
「ああ、虚に立ち向かおうとしてたのよ」
「へえ、見上げた心意気ですね」
「アホか。ただの魂魄がンなことすんのは危険だろ」


一角さんに窘められ、隣では弓親さんに溜め息をつかれた。それもそうか、斬魄刀もないし。少年は終始ぶっすーとしていたけれど、日番谷隊長が隊長だと知るや否や馬鹿にしたように「へーオレと歳変わんねえじゃん!」と笑ったのでただ緊張感がないだけらしい。
直接対峙した乱菊さんと一角さんの話を聞いたところによると、例の虚は破面だったらしい。それにしては霊圧が濁っていたので成体じゃないだろうとの見解。ともあれ、藍染隊長が送り込んできたと考え、一旦織姫ちゃんの家に行き尸魂界と連絡を取ることになった。


「あ、ちょっとすいません」


帰り道に乱菊さんが寄り道を申し出た。何かと思いながら先導されたのは小物屋さんで、入ってみると義骸の乱菊さんと店員さんと思わしき男性がなんだか危ない展開になっていた。おお、と感嘆する隣では弓親さんが思いっきり顔を歪めていた。こういうのはお気に召さない模様。
一悶着ののち、乱菊さんが満面の笑みで床に置いてあった大量の紙袋を持ち上げた。それがまるで私物のようで、わたしはようやく事の次第を把握したのだった。ぎょっとして彼女を見上げる。


「乱菊さん買い物してたんですか?!」
「ええ」
「気付いてなかったのだけだよ」
「まじか!早く行ってくださいよ弓親さん!」
「ねえ運ぶの手伝ってくれない?買いすぎて重いのよね」
「自業自得だろ。おまえ一人で運べ」
「えー隊長ー」


乱菊さんの頼みも虚しく彼女一人で大荷物を運ぶこととなった。こんな大所帯で歩いて女一人だけがというのは絵面的に見苦しいので手伝いを申し出たのだけれど、日番谷隊長の絶対零度の圧力で泣く泣く辞退した。仕方ないのでさっきからだんまりな少年に話し掛けることにする。


「君名前は何ていうの?」
「……」
「シカト!なんで公園にいたの?」
「……」
「シカト!!」
…話は落ち着いてから聞くんだから今はいいよ」


肩を叩かれ納得できないが引き下がった。不服だ。わたしは子供に懐かれない体質なのだろうか。

何はともあれ無事織姫ちゃん家に着いたわたしたちは早速、少年を囲んで着座した。逃がさないためなんだろうけど、護廷十三隊の隊長副隊長席官が無力の魂魄を方位する状況はどう見てもリンチである。
少年の話を聞く前に一通り魂葬やらなんやらの説明をし、尸魂界に送る旨を納得させようとしたものの、どうにも応じてくれなかった。しかも最終的には飽きられてしまったのだけれど、「あーあ。コンソウだとかソウルソサエティだとか訳わかんねえよ。おっさんたち、何言ってんの?」「ぶっ」それを思いっきり弓親さんに向いて言うのでつい吹き出してしまった。


「お、おっさん?この僕に向かってなんと言うことを…!」
「ガキから見たらおまえもおっさんってこったろ?いちいち気にすんなよ」
「いや、許せない…おっさんという響きが美しくない…!」
「やれやれ。おい坊主、」
「眩しいんだよ、この丸ハゲ」
「ぶっ」
「まる、はげ?」
「ヅラ被れよヅラ」
「んだとコラァ!!てめえこっちが大人しくしてりゃ好き放題言いやがって!!ぐぬうううう」
「やかましいいいいい!!」


わたしがおっさんと丸ハゲのダブルパンチに悶えてる間に乱菊さんのストップが入った。はーお腹痛い。死にそうだ。目尻に溜まった涙を人知れず拭う。


「あのね、お姉さんたち君に聞きたいことがあるの。だから大人しく質問に答えて、ね?」
「ふん!」
「話が終わったら、あんたは尸魂界ってとこに行くことになってんのよ」
「ふん。行かねーよ、そんなとこ」
「大丈夫。べつに怖いとこじゃないから」
「オレは絶対行かない!」
「そういう決まりなの!」
「行かないっつったら行かないんだよ!…俺には、まだやることがあるんだ」


はて、何のことやら。呟くようにして吐かれた言葉は特に触れられることはなかった。埒が明かないと判断したのか、日番谷隊長が単刀直入に笛のような音を聞いたかと質問をすると、嫌々ながら、聞こえたと答えた。しかし破面もどきが何か言っていなかったかとの質問には何もと返す。しばしの沈黙ののち、どうもこれ以上聞いても何もわからないんじゃないかと一角さんが言い、弓親さんも「どうやら偶然あの場に居合わせただけみたいですね」と乗る。それじゃあ魂葬かあ、こっちでやりたいことって何だったんだろう。気になったものの、所詮わたしに口を挟む権利も義理も労力もないので黙っていると、代わりに乱菊さんが進言し、結果一晩様子を見るためという口実で魂葬は先送りになったのだった。おお、乱菊さん優しいなあ。
ちらりと隣を見ると、弓親さんが真面目な顔で少年を見ていた。この人とはよく隣り合うからその都度思うのだけど、姿勢すごくいいよなあ。ピーンって真っ直ぐだ。わたしも倣ってピーンって伸ばしてみたことはあるけど多分一分も経たない内に元の姿勢に戻ってた。よし今こそリベンジ!思いっきり背筋を伸ばしてみる。


「とにかく、藍染の目的がわからない以上、用心に越したことはねえ。警戒を怠るな」
「はい」


とかやってたせいで返事に乗り遅れるわ「じゃ、俺たちは戻ります」と一角さんが言ってあっという間にお開きになるわでものすごく無意味だった。仕方ないから今度弓親さんに良い姿勢をレクチャーしてもらおう。


「あ、浦原さんに連絡しなきゃ。弓親さん伝令神機貸してください」
「は?いいけど。わざわざ?」
「変事があれば連絡しろって言われてるんです」
「ふうん」


今すぐ帰ったところでもう夕飯の支度は終わっているだろう。結局初めてのお手伝いは先送りとなってしまったようだ。ほっとしたような残念なような心持ちで浦原さんに連絡を取る。今日のこと、伝えるまでもないかもしれない。思ったけどそのときには繋がっていたので、とりあえず事の次第だけは大まかに伝えておいた。伝令神機の向こうでは浦原さんはどこか神妙な空気を漂わせていて、どうかしました?と聞くと彼の口から驚きの一言が。


サン、今日は綾瀬川サンたちのところに泊まってください』
「…はい?」


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