考えながらにやにやしてたら、玄関から居間に繋ぐドアが開いた。遠慮気味に顔を覗かせたのは昨日ぶりの啓吾くんだった。


「どもーただいま帰りやしたー。一角さーん弓親さーん、ご機嫌いか……が?!」


そこからの一連の流れを、わたしは見ているだけだった。飛びつこうとした啓吾くんへ乱菊さんの裏拳炸裂、と思いきや啓吾くんは腕をクロスさせてガード。それから何かかっこいいことを言っていたところを乱菊さんの爪先が顔面にクリーンヒット。啓吾くんあっけなくノックダウンである。大丈夫かと駆け寄ろうとしたらまたドアが開き、今度は見たことのない女の人が帰ってきた。弓親さんから話には聞いていたからこの人が例の一角さんにベタ惚れなみづ穂さんで間違いないだろう。華麗な一人ボケツッコミ、からの初対面の乱菊さんに啖呵を切りぎゃんぎゃんと騒ぐ様はわたしの目に物珍しく映った。いいなあこの人とお友達になりたいなあ。


「こんなんばっかなの?この家は」
「つーか、ややこしくなるからおまえ用件済ませてさっさと帰れ。何しに来たんだ一体」


一角さんがみづ穂さんに部屋を貸してくれと頼むと、今日から二人に使わせようと思っていたという部屋に案内された。昨日まで誰も使っていなく半物置状態だったらしいその部屋に布団を運び、座布団も人数分並べやっと話を聞く態勢ができたのだった。


「今日、織姫の家に技術開発局の通信技術部と連絡が取れる機械を設置したのよ」
「へえ、いつの間に」
「まあそれは隊長のとこに要請があったからなんだけどね。あたしはそこで聞いた話を伝えに来たの。尸魂界の調べでわかったことがあるのよ」
「わかったこと?」


「ええ」乱菊さんが頷いた。「藍染の目的よ」
弓親さんと一角さんの表情が険しくなる。わたしは二人の様子を窺いながら、乱菊さんの話に集中しようと姿勢を正した。

……が、藍染隊長との決戦は冬ってことしか頭に残らなかった。他にも王鍵やら十万の魂魄やら空座町やらキーワード的なものは押さえたけれどそれが何なのかよくわからなかった。同じ聞く側の二人は乱菊さんの説明にいちいち驚いていたのでわたしだけがついていけてないようだった。あとで弓親さんに聞いたところ簡潔にまとめてくれて、藍染隊長は王鍵を作りたい。十万の魂魄と土地が必要(今回は訳あって空座町)。でも四ヶ月間崩玉は睡眠状態。なので決戦は冬。ということらしかった。なるほど。ちなみに王鍵が完成すると空座町あたり一帯が消滅するそうだ。やばあ。

話をし終わったので言われた通りさっさと帰ろうとする乱菊さんを追ってわたしも家を出た。一緒に帰ろうとしたのだけれど、マンションを出た瞬間逆方向らしい。なぜか弓親さんもついて来て、首を傾げると「浦原さん家まで送るよ」と言うではないか。なんと。いつの間にそんな紳士になったのですか弓親さん。


「え、なら乱菊さんの方を…」
「あたしは平気よ。お迎えも来てることだし」
「え」


彼女の向いた方を見遣ると、日番谷隊長が壁に寄り掛かっていた。お迎え来てた。いつも思うけどあの人やることいちいちキザっぽいよね。ああいうのが素直じゃないと評される所以である。「話は終わったか」そう問うた日番谷隊長はどこか思い悩んでるような雰囲気だったけれど、わたしが突っ込むものでもないのでスルーする。


「はい。隊長ずっとここで待ってたんですか?」
「今来たところだ。悪かったな、二ヶ所とも伝言任せちまって」
「いいんですよー。ところで総隊長と何話してたんですか?」
「それは……そうだ、綾瀬川、
「はい」
「?」


どうやら乱菊さんは阿散井副隊長のところにもこの話をしに行ったようだ。何やってんねん日番谷隊長、とか思ってたらいきなり話を振られてちょっとびびったけれど、単に明日先遣隊で集合するという旨を伝えただけだった。十二時にとある公園に集合。なぜにそんな中途半端な時間。お昼食べてくればいいのかあとでいいのかわからない。

抗議する間もなく日番谷隊長と乱菊さんは別れの挨拶をして帰路に着いてしまったので、わたしと弓親さんも浦原商店への道を歩む他なかった。明日の集合にはお昼を食べてから行くか否かとか(弓親さんたちは食べないで行くらしいのでそれに合わせようと思う)、他にも他愛ない話をしているとあっという間に店に着いた。彼に向き直り、ありがとうございますと言えばやっぱり小馬鹿にしたようにどういたしましてと返される。弓親さんは基本わたしを見下してるけど、わたしも弓親さんを見下してるのでおあいこだろう。そうだそうだ、


「また行っていいですか、弓親さん家」
「僕の家じゃないけど。いいんじゃない?」


その確認さえできれば満足だ。見下してるけれどなんだかんだで付き合いの長い弓親さんといるのは一番気が楽なので、多分これから先、現世に滞在してる間何回も会いたいと思うだろう。一瞬思い浮かんだ、弓親さんが浦原さん家に居候してしまえばいいんじゃないかという考えはすぐに消えた。どうしてそんなことを思うのかよくわからなかったからだ。なんだか深く考えても無駄なことのような気がして、パッと顔を上げて弓親さんを見る。


「ありがとうございます。ではさようなら」
「うん、さようなら」


小さく手を振ると向こうは軽く手を挙げて応答してくれた。そんな小さなことが幸せのような気がして、やっぱりよくわからないなあと思いながら浦原商店へ帰っていった。


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