話の途中、弓親さんは席を立ち三人分のお茶を用意してくれた。主に一角さんがしゃべっていたので彼はほとんど空気だったのだ。でも今の話、ぶっちゃけ阿散井副隊長の修業のところ以外は一角さんと弓親さんが共有している内容だったから、わざわざ一角さんに聞く必要なかったのではと思う。浦原商店に弓親さんを呼び出して話してもらえばよかった。なんてこった、労力の無駄だ。
でも実は弓親さんと一角さんがどこに間借りしてるのか知っておきたかったので良しとしよう。啓吾くんは学校に行っているらしく、今この家にはわたしたちしかいない。浦原商店とは違う、どちらかというと一護の部屋に近い啓吾くん家の造りが興味深くてキョロキョロしていると、隣の弓親さんが湯飲みをお盆の上に置いた。


「さて、どうする?」
「何がですか?」
「もう帰る?用ってこれだけでしょ」
「ああ…そうですねえ…」


弓親さんの言う通り、わたしがここに来たのは一角さんの卍解の話を聞くためだけである。用は済んだ、済んだからここにいる必要はない。時計を見るとまだ十一時だ。浦原商店に帰って鉄裁さんのお昼ごはんをいただくことは余裕だ。浦原さんには何時になるかわからないからお昼ごはんはいらないと言ってあるけれど、必要なら携帯電話とやらにもなる伝令神機で連絡することも可能だ。今から帰るからお昼ごはん食べますと言えば問題ないだろう。
でも、まだここにいたい、と思う。尸魂界では隊舎という職場が一緒だからか、こういう風に二人と普段の時間を別の場所で過ごすことが落ち着かないのだ。昨日そうなったばかりだというのに何言ってんだって感じだけれど、せっかく一緒にいられるのにすぐ帰るなんてもったいないと思う。
でもそれはわたしの願望であってわがままなので、この人たちが帰れと言うなら帰った方がいいのではないかとも思う。普段ならこんなこと絶対思わない。二人の迷惑を考えても慮ることはしない。
なんか、わたしこれ、昨日弓親さんに突き放されたこと引きずってるなあ。拒絶が怖いと思ってしまう。何て返せばいいかわからなくて目をうようよさせていると、一角さんがわざとらしく大きな溜め息をついた。


「もう少しここにいてもいいぜ。なあ弓親」
「え?うん。構わないけど」
「い、いいんですか」
「うん。じゃあ昼ごはん三人分買ってくればいいか」


あっさり承諾しお昼ごはんのことを計画し始めた弓親さんに呆気に取られていると、「おう、悪ィが俺はもう少し寝るわ。弓親とで弁当のんびり買ってきてくれねえか」と一角さんが言ったのにハッとして「了解です」と素早く立ち上がった。


「じゃあ行こうか」
「はい」


啓吾くん家に向かっていたときは弓親さんから家の様子を聞いていたので、コンビニへ行く間は浦原商店についてわたしが話してあげた。わりかしすぐ目的地に着き、あまり迷わずお弁当を決め会計を済ませる。「のんびり買ってこいって言われたのにすぐ終わったね」と言う弓親さんの横顔を見る。やっぱり怒ってる様子はない。昨日のあれは何だったのだろう。


「弓親さん」
「なんだい?」
「怒ってないですか」
「は?なに、怒ってるように見えるの?」
「いや、今は見えないですけど」
「……もしかして昨日のこと?」
「あ、自覚あったんですか」


わたしの勘違いじゃなかった。やっぱりあれは怒っていたのだ。でも、じゃあ、どうして怒ったのか、理由を聞きたい。ついて行こうとしたのがいけなかったのかと思ったけれど、そんなの尸魂界ではよくしていたから違うと思う。ああいう風に怒りを露わにされるのは嫌だ。
じっと見上げると弓親さんは気まずそうな顔をして視線を逸らした。


「べつに怒っていたわけじゃないよ」
「……は?」
「僕ら、寝泊まりするところ決まってなかっただろう。それなのに君が来ても困るし。乱菊さんのところに行ってほしかったんだよ」
「え……あ、そういう意味だったんですか?!」


そういえば弓親さん、何か言いかけたのを阿散井副隊長に遮られてた。そうかあれは乱菊さんを追い掛けろって言おうとしてたのか。えー…なんだよ、それならそうと最後まで言ってくれよ。全然わからなかったわ。弓親さん、わたしのこと気遣ってくれてたのか。なんだなんだ。心配するだけ無駄というやつだったのか。わたしを横目に、つんけんどんとした態度で話す弓親さんはやっぱりいつもの弓親さんだった。


「ああでも言わないと君、ついてくってうるさそうだったから」
「確かに。じゃあほんとに怒ったわけじゃないんですね」
「そうだよ。なに、そんなに気にしてたの?」
「まあ。怒らせたと思って」
「普段から怒らせてるくせに何言ってんの」
「それはそれ、これはこれ」
「なんで別物にしてるのさ」
「だって普段とは言い方違ったじゃないですか」


そう言い返すと弓親さんが少し馬鹿にしたように「だからわざとだってば」と笑うので、わたしはすっかり安心してしまった。へええと言いながらわたしの口は笑っていただろう。怒ってなかった。あの場で行く宛があったのが乱菊さんだけだったから、そこへわたしを行かせようとしただけだったのだ。なんだあ、よかった、聞いてよかった。心の底からむくむくと元気が湧いてくるようだ。


「にしてもわたしの寝床心配してくれるなんて、弓親さん保護者役が板に付いてきましたね!」
「調子に乗るな。誰が保護者だ」


あ、そうだ、あのとき阿散井副隊長が遮らなければこんなに気に病むこともなかったのか。なんでい、ちくしょう、と思ったけれど浦原さんのところへ誘ってくれたのも彼なのでお咎めはなしだろう。


「まあ結局浦原さん家居候できたので結果オーライですよね」
「…ああ、そうだね」


にこにこしながら前を向いていたため、弓親さんが手を額にやり溜め息をついたことに気付かなかった。わたしは何というか爽快な気分で、この気持ちを身体で表現すべくスキップをしたら、少しは周りの目も気にしろと叩かれた。ほらこういう風に怒られるのは全然構わないんだよなあ。


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