6.

 テスト期間が終わってから、解答用紙の返却を待たず当真くんは学校に来なくなった。わたしがいつも眺めていた席にいまは誰もいない。インフルエンザが流行っているらしく、他にもちらほら空席が目立っていたけれど、他の誰が休んでようがどうでもいいのにそこだけいないのが本当に悲しかった。

 当真くんに誘われないときは今ちゃんと柚宇ちゃんとお昼ご飯を食べる。今日も少し離れた今ちゃんの席に行ってお弁当箱を置く。「向かい座りなよ」いつもの定位置は今ちゃんの斜め右の席だったけれど、それもそうかと思って向かいのイスを引いた。


「柚宇ちゃんいないのさみしいね」
「そうだね」


 今ちゃんは澄まし顔で肯定して、お弁当の包みを解いていく。あんまりあからさまにさみしがる人じゃないと思うから、いまも今ちゃんなりにさみしがっているのかもしれない。長いまつげが瞬きと一緒に動くのを見て、なんとなくそう思った。返された数学の点数がそこそこよかったのは今ちゃんのおかげだ。


「今ちゃんは、当真くんたちみたいな缶詰はないの?」
「缶詰?……あ、ああ…今のところはないかな。ほらわたし、支部所属だから。本部にはあんまり行かないんだ」
「えっと、むらかみくん?と同じチームなんだっけ」
「うん、そう」


 今ちゃんとむらかみくんは支部所属で、だから長い期間学校を休むことはない。当真くんや柚宇ちゃんは、本部所属で、だからこんなときがあるらしい。ボーダーという組織図はいまいち頭の中で構成できてないけど、今ちゃんの所属してる鈴鳴支部が家から少し歩いたところにあることは知ってる。わたしの家はわりと警戒区域と近くて、その分ボーダーから色々助成を受けていることを前に両親から聞いたことがあった。

 当真くんはいま何してるんだろう。ボーダーの建物はよく見えるのに、そこで何が行われているのかはまるで知らない。当真くんと一緒に学校を休んでる柚宇ちゃんが、いいなあと思ってしまう。ごめんね。

 ぽろっと箸からウインナーが落ちた。でもおかずの箱に落ちたのでホッとする。食べれないことよりも今ちゃんの机を汚してしまうんじゃないかと思ってひやっとしたのだ。今ちゃんも見ていたらしく、クスッと笑う。


「セーフ」
「よかった…」
「当真くん、早く帰ってくるといいね」
「うん」


「もちろん柚宇ちゃんもね」今ちゃんはちょっとだけ意地悪そうに笑った。もちろんね、とわたしも笑う。ポカンと空いてしまった心の穴を埋めるのに二人ではさみしすぎた。それをわたしも今ちゃんもよくわかっていた。今ちゃんは誰にも寄りかからないで立っていられる柱がある。少なくともこの程度では倒れない頑丈さだ。だからこうしてわたしを気にかけてくれる余裕がある。わたしは、わたしの柱は当真くんだから、当真くんがいないとぺしゃんこになってしまう。当真くんの不存在はわたしの心に大穴を開け、ぺしゃんこにして去っていく。彼が長い期間休むのは三年生になって二回目なのに、わたしは一回目より駄目になっていた。








 とぼとぼと帰り道を歩いている間も気分が浮き上がることはない。一人の時間はすきだったけれど、いまは一人ですらない気持ちになっている。あと何日これが続くんだろう、思うと落ち込むばかりだ。

 いっそ、わたしもオペレーターになればいいのかな。本部所属だったら当真くんと公欠できる。そう思って今ちゃんに言ってみたけれど、一緒に公欠できるとは限らないよと現実を突きつけられてしまった。
 それでも少なくとも、いつも当真くんとさよならする連絡口の向こうに、一緒に行けるのだ。帰り道が長くなる。休みの日も、特別な理由がなくても会える。当真くんがとても優秀らしいスナイパーとして活躍してるところが見られる。同じ土俵に立つことは、それだけ素晴らしいことがある。


「……あ、」


 小さな三毛猫が足元をくぐり抜けた。首輪をしている、その猫はよく知っていた。お隣さんが飼っている仔猫だ。今年の夏ごろに生まれた子たちの一匹で、わたしにもよく懐いてくれていた。当真くんがわたしの家に遊びに来たときも、半分はこの子たちが目的だったのもあって当真くんは嬉しそうに構っていた。もともと警戒心の薄い猫なのか、初対面の当真くんにもすぐに懐いてお腹を見せていた。

 道端でしゃがみ、その猫の頭をなでる。当真くんは猫がすきだから、この子を抱っこしてるときも表情を緩めていた。わたしも猫はすきだけど、当真くんの方がすきなので、ちょっとやきもちを妬いていたかもしれない。でも猫の相手をしている当真くんもすきだから、複雑な乙女心だったのかも。幸せな時間であることには変わりなかった。
 ゆっくりと目を閉じる。仔猫が手のひらに頬をすり寄せたのが感触でわかった。


「当真くん、早く学校来ないかなあ」


にゃあ、と返してくれた。