4.

 の存在をはっきりと認識したのは六月の補講の日だった。クラスメイトだってことはなんとなく知ってたけど印象は特になく、でも馬鹿そうにも見えなかったからここにいるのが少し意外に思ったのを覚えてる。後日提出のプリントのアテにさせてもらおうと、補講後声をかけたのはそういう真面目そうな第一印象があったからだった。
 帰り道の中ですぐに、が俺をすきなんだとわかった。あまりにもわかりやすすぎて演技じゃないかと疑う気持ちが湧かなかったっつったら嘘になるが、そういう器用なタイプじゃないことも話してるうちにわかっていったので可能性は投げ捨てた。すかれるようなきっかけに心当たりはなかったものの、まあ悪い気はしなかったし話すのも楽な部類に入ったので、次の日から面白半分で絡みに行くようになった。

 他のことに見向きもしない奴だ。多分よくぼーっとしてんのも、俺のこと考えてんだろーなあ。そういう風に自惚れるくらいの自信はすぐに持てた。だからこいつがいくら上の空になろうが構わない。怪我はしないでほしいけど。



「と、うまくん、…」


 見上げるに俺の影がかかっている。キスもこれが初めてじゃねーのに。わかりやすく顔赤くしちゃってさ。


「じゃーな。気ィつけろよ」
「…うん、……」


 かろうじて頷いたの頭を撫で、表の道路に戻る。センサーにトリガーをかざしてゲートを開け、本部への直通通路を一人のんびりと進んでいく。面白みもない壁に囲まれた通路はいい加減歩き慣れたもんで、思考の海に沈んでも問題はなかった。今日は六時から防衛任務。あと遠征の打ち合わせがあったかも。何時からだっけ、ちゃんと聞いてなかった。遅れたら怒られっかもなー。作戦室着いたら真木に聞いとかねーと。


「……」誰に見られているわけでもないのに空いてる手で口元を隠す。にやけてる自覚はあった。楽しいと思う。防衛任務でも打ち合わせのことでもない。だ。潤んだ両目で俺を見上げていた。…あー、いいわ。といて湧いてくるのはいつもこの感情だった。


 付き合ってもねえのにこんなことしてんだぜ。背徳感たまんねーよ。







 小腹が空いたのでラウンジに来てみれば鋼を見かけた。声をかけると、どうやら夜のランク戦を控えているらしく腹ごしらえをしに来たらしい。学校ではほぼ毎日顔を合わせるけど本部では所属が違うからこういう機会はなかなかない。学ランのままの鋼はカウンターで最後に飲み物を受け取って、「そういえば」と口を開く。


「今がおまえのことぼやいてたぞ」
「え?何て?」
のとこで」
「あーー…」


 すぐに納得する。今や国近はと比較的仲がいい。同じクラスのオペレーターとは俺が引き合わせたから言うまでもねーけど、特に今はみたいなタイプを放って置けないのか、よく面倒を見てる印象がある。鈴鳴の太一に手を焼いてるって話を聞くからその延長線かね。と太一はまた別の意味で手がかかりそうな感じすっけど。あ、じゃなくていまは俺なのか。


「当真は真意が掴みづらいからな」
「鋼にはどう見えるよ」
「本気でに入れ込んでるようには見えないかな」
「はは、なるほどね」


 口元に笑みを浮かべるそいつには笑って返す。鋼のいいとこは無駄な嘘をつかないとこだと思う。ためらいなくスラスラと返される答えはこいつの本音だろう。

「付き合わないのか?」とつるむようになってから何度も聞かれたことだ。鋼だけじゃなく穂刈にも今にも国近にも聞かれた。こいつら全員、の方には聞いてないと思う。そう、付き合う付き合わないは俺次第だっつーことを周りの奴らはよくわかっているのだ。わかるくらいが俺をすきなことは一目瞭然で、それで鋼の言う通り、俺がをすきなようには見えてないらしかった。これまでずっとその手の問いかけにはのらりくらりとかわしてきた。どう答えたかはそのときの気分でいちいち覚えてない。つまり俺にとって、と付き合うか付き合わないかはそのレベルの問題なのだ。
 だって付き合わなくてもやりたいことはできんだもんなあ。いまのとの関係に特に不満が思いつかない。どう見てもは俺の都合のいい女だけど、俺ももそれでいいと思ってる。
 それにいつか飽きたときめんどくせーだろ。だから付き合うとかは考えてない、ってのが現状だ。


「でも、そう見えないだけで、本当はすきなんじゃないのかとも思ってる」


 やっぱり何でもないように言ってのける鋼に動揺することはない。口角を上げたまま、ショーケースから包装されたサンドイッチを取る。


「ウブなとこはかわいーと思ってるぜ?」


 俺もそこまで察しの悪い馬鹿じゃない。普通に考えて、すきでもない奴にあんな風に絡みに行くことはねーだろ。だから周りの奴にそういう風に見られることだって普通にあり得る。そんで俺は、そう思われてもいいと思ってる。つまるところ周りの目はわりとどうでもいいのだ。それに今言ったことも別に嘘じゃねーし。俺正直者だなー。うんうんと自画自賛しながらレジへと方向転換すると、後ろで鋼がふっと笑ったように見えた。横目で視線をやる。


「誰かに取られるのは嫌だろうにな」


 取られる?が?いや、他の奴が取れんのかよ。あいつ冗談抜きで俺のことしか見てねーんだけど。