13.

 本部に着いた辺りから嫌な予感はしてた。それから無人の作戦室を目にした瞬間、やっちまったと内心頭を抱えた。早い話が、防衛任務の日にちを間違えたのだ。日曜は来週だっつーの、今日に限って合同訓練もねーし、ミスった。隊長も真木もいねー。まあそりゃそうだろうと人知れず息をつく。どーすっかなー、自主練とかダリーし。頭をガシガシと掻きながらとりあえず暖房をつける。トリオン体になっちまえば気温なんざどうでもよくなるが、あいにくと今日はそういう気分じゃない。ただでもこの寒空の下歩いて来たわけなんだから、暖かい空気に包まれて昼寝でもさせてもらわないと割に合わねえだろ。そうだ、昼寝にしよう。することができたので意気揚々とボディバッグをローテーブルに投げ置き、物入れからブランケットとアイマスクを引っ張り出す。この時期風邪引いちまうかもしんねーからなー。思いながらソファに寝転がり、厚めのそれを掛けた。


「……あ」


 ふと思いつき、バッグへ手を伸ばし携帯を取る。迷いなく指を動かし、短い文面で送信する。いい具合の昼寝の時間になりそうだ。起きたらどっか飯にでも連れてこうか。思いながら、アイマスクを装着するのだった。








 夢を見た気がするけど目が覚めたときにはすぐ消え去って思い出せなかった。真っ暗な視界のアイマスクを取り、起き上がりながら壁にかけた時計に目をやる。昼のピークはもう過ぎていた。なんだよ、まだ来てねーのか。


「……いたわ」


 視界の隅に入った存在に目を落とすとそいつはソファとローテーブルの間に転がっていた。俺が寝てるのと同じ向きで、顔を向こう側に向けて横になっていた。おいおい、よく床で寝られんな。絨毯も何も敷いてねえ、トリオンで作られたつまんねー床だぞ。暖かくも、ましてや寝心地もよくない、最悪の寝床だ。
 つーか、起こせってメールしたのに、なんで寝ちゃってんの。とりあえずと踏まないようにソファから降りて、携帯に手を伸ばす。点けた画面にはん家のお隣さんのお母さん猫と仔猫の待ち受けが映る。それが意味することを頭で理解すると、依然眠っているへと再び目を向けた。

 は授業中にメールを送っても恐れず返信してくる奴だ。教科担任にバレないよう机の下で操作してるって話を本人から聞いてたし、俺もそうやって担任の目から隠すことがあるから理解はできた。何が言いたいのかというと、はそうしてまで律儀に俺への返信をすぐにする、っつーことだ。
 そのが、オペレーターの講習中は携帯の電源を切っていることも、俺は知ってる。俺からのメールに気付かなくてもいいって思ってるわけじゃなくて、単純にそれほど集中したいんだろう。本気度は簡単に伝わった。新着のない携帯の画面を消し、ズボンのポケットに突っ込む。それから一度しゃがんで、寝転がっているの肩と膝裏に腕を滑り込ませ、そのままソファに乗っけた。起きたら起きたでよかったけど、たぶん講習でお疲れなんだろう。目覚める気配はなかった。このまま寝かせとくのが優しさかね。思い、ブランケットを掛けてから作戦室を出た。



 何か飲み物が欲しいと思って来たのだが自販機が見当たらずラウンジ近くまで足を運ぶと、おそらくそこへ向かってるだろう鋼の後ろ姿を見つけた。そういや前もこんなことあったなー。今回は戦闘体になってるからソロランク戦でもやってたんだろう。ポケットに突っ込んでいた片手を挙げ、前と同じように声をかける。


「よー」
「ああ、当真か」


 振り返った鋼は立ち止まり軽く微笑む。機嫌はよさそうだ。こりゃー快勝したんかな、と想像するがこいつは勝敗でテンションが大幅に変わる奴じゃないので俺の単なる想像だろう。けど鋼が負け越す相手っつーのも限られてるから俺の想像もあながち外れてない気がする。まあ、それは置いといて。


「飯?」
「ああ、ラウンジで作戦を考えるんだ」
「あー」


 食いがてらってやつか。時間的には少し遅い気もすっけど、鋼がこの時間までランク戦をしてたってことは最初から決めてた集合時間なんだろう。誰かが用事を片付けてから来るのかもしれない。「当真は?」俺はこれ、と、ちょうど通路に設置されていた自販機を指差す。なるほどと頷いた鋼とほとんど同じタイミングで立ち止まり、財布から小銭を取り出し投入口に入れていく。さみーから暖かいのがいいか、あ、ほっとレモンある。これにしよ。緑色にランプのついた横長のボタンを押し一本目がガコンと下に落ちる。あとは……ミルクティーとか好きだよな、あーでもココアも飲んでそう。ん?でも喉渇いてんのにココアは嫌か?あの暖房効いた部屋だと喉カラカラになんだろ。普通のお茶にすっか。あー俺のミスったかも。いっかお茶ちょっともらえば。そこまで考え、堂々とペットボトルのお茶のボタンを押した。さっきより柔らかい落下音が自販機の中から聞こえる。屈んで取り出し口からアルミ缶とペットボトルの二本を取り出すと、その一連の行動を後ろで眺めてたらしい鋼が少し意外そうに口を開いた。


がいるのか?」
「あ?なら俺のソファで寝てるぜ?」
「……」


 軽いジョークのつもりで言ったのだが間違ってはねーなと一人で思う。暖かいお茶の方は脇に挟み、ほっとレモンのアルミのキャップを右手でひねるとパキパキと割れる音がする。鋼は笑いたいような引いたような変な表情を浮かべ、ややあってから、納得したように「作戦室のか」と呟いた。そう、と頷きながらキャップを外し、一口目を煽る。……つーか、なんでの分ってわかったんだろ。


「なんだ、当真、楽しそうだな」
「ん?」
がオペレーターになっても嬉しくないと思ってたよ」


 ごくんと嚥下する。その台詞に呆気に取られてしまった。……鋼ってすげーよなあ、よく人を見てるっつーか、ズバリ当ててくる。こないだも鋭いこと言ってたし。なんつーの?観察眼?そういうのも強化睡眠記憶で培えるもんなんかね。それとも俺そんなに顔に出てた?


「すげえなあ」あまりに的を射ていて、そんで誰にもわからないことだと思ってた俺は、多分動揺してたんだと思う。結局鋼にはそんなことしか返せなかった。