隊列が目の前を横切っていく。先頭から最後尾まで同じ顔のトランプ兵は見分けがついた試しがなかった。普段城のあちこちで見る彼らが、全部で何人なのかは知らない。真くんに聞けばわかるだろうか。毎回その提案を浮かべては却下する。十人でも百人でも、気味が悪いと思うのは変わらないだろうから。
ベンチの形をした植木に腰を下ろして座り込む。城の敷地内の庭園はわたしのすきな色のバラがあちこちに咲いていて胸が踊る光景だ。何の花がいいと思う?って質問に、赤いバラがいいって答える。いつもそう。だってそれ以外の花の名前を知らない。
「女王さまなのに何も知らないんだもんね」
両腕で頬杖をつきながら、最後尾のトランプ兵の背中を眺めていると横からそんな声が聞こえた。スッと背筋が冷える。くるっと振り返る。灰色のズボンが見えた。よかった足がある。
視線を上げ、けれど合わせたかった目は見えず、わたしは情けなく眉をハの字に下げてしまう。ああこの人、いつもそうだ。
「登場の仕方がチェシャ猫みたい」
「うわ、それ最低の褒め言葉。一ミリも嬉しくねー」
両手のひらを空に向け肩をすくめたその人は金髪で目を隠してしまっていて相変わらず表情が読めない。口はいつでもにやにやしてるから、だからそういうところもチェシャ猫みたいと思うのにどうやら本人は死ぬほど不服らしい。初めてそのことを言ったとき、ぐえーという呻き声と共に自慢の首切りバサミで自分の首をちょん切ろうとしていた。首切り役人にとってチェシャ猫は嫌悪の対象で、いつかはちょん切りたいと常々口にしているのだ。
「ねえ女王さま。退屈ならお花畑に連れてったげよっか」
「……真くんにダメって言われるだろうからいい」
真くんのことだ、わたしが用もないのに城の外に出ることにいい顔はしないだろう。わたしも怖いからあんまり出歩きたくなかった。兵士がついてるときは許可したりするけれど、首切り役人のこの人じゃあちょっとダメなんじゃないかな。赤いドレスの膝の上で拳を握りこむ。相変わらずにやにや笑う首切り役人は、そういうところがチェシャ猫に似てるって言っても直す気はないらしい。
「相変わらず白ウサギの言いなりだ」
「……そもそも、首切り役人が外に出歩いていいの…?」
「いいっしょ。だって女王さまが有罪にしないと俺の仕事ないもん」
ぐうと顎を引く。言われたくないことを言われた。彼も聞きたくないことを聞かせてる自覚はあるらしく、両手を頭の後ろに回しにやにやと口角を釣り上げている。思い出したくないことを思い出させられ、膝を抱えてうずくまる。最近断罪したのはトランプの兵士だ。わたしが赤いバラを植えてって言ったのに白いバラを植えたから罪に問われたのだ。釈明する彼の顔はやっぱり、さっき列を成していた兵士たちと同じ顔をしていた。
「今度は誰を裁判にかけるの?俺としてはチェシャ猫がオススメなんだけど。いや、あいつは罪なんて犯してなくたって俺がちょん切ってやるけどさ」
「誰もしないよ…」
「とかいって。あーでも、決めるのは白ウサギだもんね。あいつ俺のお願い聞いてくんねーからなー」
軽い調子で返される言葉に気分はどんどん沈んでいく。わたしが一番嫌だと思うことをわかっててやっている。それがわかるからますます嫌になる。首切り役人は意地が悪い。だからこそ真くんともうまく付き合えるんだろう。
不自然に空いた間におそるおそる顔を上げると、首切り役人がわたしを見下ろしていた。と思う。相変わらず彼の視線がどこにあるのかわからないから、勝手に想像したのだ。首をかしげる前に彼が軽い足取りでわたしの隣に腰を下ろしたので、追及は叶わなかったけれど。さらにずいっと顔を近づけられてうろたえる。
「ねえ、女王さまから頼んでよ。あいつ女王さまの言うことなら前向きに検討してくれるじゃん」
「そ、そんなこと」
「あるよ。知らないの女王さまぐらいだって」
なにを。おちょくるような物言いの首切り役人に少し腹が立つ。知らないのは周りの人たちのほうだ。わたしが真くんの言いなりになってるだけで、意思なんて尊重されないってこと、知らないんでしょ。やめたいよ首切り役人の仕事なんてなくたっていいじゃん。思って言ったって真くんには何も通らない。わたしの正義は女王の正義として顕現しない。
「ねえ何も知らない女王さま、花畑に行こう」
腕を引かれる。抗えない。止める誰かの手。
「てめえどこ行ったかと思ったら…」
わたしの腕を掴んだのは真くんだった。
「出た神出鬼没ウサギ。怖えー」
「てめえの台詞じゃねえだろ」
首切り役人はあっさりと手を離すと降伏のポーズとして両手を挙げた。わたしは浮いた腰をストンと植木のベンチに下ろし、ほっと一つ息をつく。真くんが来てくれてよかった。
「てめえには首切る以外にも仕事任せてんだろ。逃げんじゃねえ」
「逃げたくもなるね。俺の仕事は首切るだけだよん。トランプ兵の数を数えるなんて仕事、やってらんねーっしょ」
「頭数は切り落としてるおまえが一番把握してんだろ」
「してるわけないじゃん。白ウサギは今まで食べたゼリーの数、数えてんの?すげー」
「屁理屈並べたって花畑には行かせねえぞ」
真くんの頑なな態度に首切り役人はチッと舌打ちをしたあと、「あーあ」と頭の後ろで手を組んだ。
「今日こそあいつをりんごにできると思ったのに」
「てめえの猫殺しにを付き合わせんな」
「猫殺し!人聞き悪い、俺猫すきだよ。チェシャ猫が嫌いなだけ」
「わかったからさっさと戻れ」
はーいと間延びした声で返事をした彼はくるっと踵を返すとスタスタと遠ざかっていった。チェシャ猫に会いたいなら公爵夫人の家に行くのが一番早いと思うけど、きっとどこに行ったって首切り役人はあの猫に会えないだろうと、なんとなく思った。「あれは確実に同族嫌悪だな」彼を見送りながら呆れたように息を吐く真くんに、同じことを考えてたと頷く。
「真くん、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
何となく返された言葉に笑みがこぼれる。裁判のことなんて忘れてしまうくらいに頼もしい真くんに、今度何かお願いをしてみようかなと思えてくる。首切り役人の言う通り、今の真くんなら、もしかしたらわたしの言うことを前向きに考えてくれるかもしれない、なんて。
「何にも知らないかわいそうな女王さま。白ウサギが頑張るワケも知らないで」
耳元で囁かれた声にハッと振り返る。けれどそこには真っ赤なバラしかなくて、気のせいかと首を戻した。
正面遠くで立ち止まる首切り役人の彼が、わたしに向けてひらひら手を振っているのを見て理解する。忠告の仕方もチェシャ猫に似てるなあ。
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