あと探してないのは城の外くらいだ。思い、城門までの道を駆けていくと、両開きのそれの手前の芝生に寝転がるグリフォンを見つけた。黒髪の大男が、のんきに仰向けに寝そべり、気取ったような鳥の顔したアイマスクまでつけてぐーすか寝息を立てているのだ。残念ながら訪ね人ではなかったけれど、おそるおそる近寄り、真上から覗き込む。
「あの、」
さりげなく声をかける。しかしピクリとも反応がない。
「起きて、聞きたいことがあるの」
少し強く言っても目覚める気配がない。あれ、この人って起きちゃいけないんだっけ。一瞬不安になったものの、いや起きてるの見たことあるぞと思い直す。そうそう、真くんが呼ぶと一回で起きるのだ。もしかして、わたしだから起きてくれないのか。
そばに膝をつき、胴体を揺すってみる。起きない。頬をペチペチ叩いてみる。起きない。耳元でわーっと大声を出してみる。起きない。
ここまでくると狸寝入りかと疑いたくなるけれど、彼は本当に寝ているのだ。信じられない。もしかしたら真くんにしか起こせない人なのかもしれない。
「……もういいや」
べつにどうしても起こしたいわけじゃない。こんなずっと寝てる人を起こしたところで聞きたい答えが返ってくるとも思えない。もうすっかり諦めの気分になり、膝についた草をパッパッと払って立ち上がる。なにより、グリフォンを起こすのに真くんが必要なら本末転倒だ。
「まさに今、真くんを探してるっていうのに」
「白ウサギなら見たよ」
えっ?改めて見おろすと、彼は寝そべったままこちらを見上げていた。ぐっすりだったはずなのに少しもぼんやりした様子はなく、まるでさっきまでそこらへんを優雅に散歩してましたとでもいうような調子だ。体勢は寝転がったまま、起き上がろうともしないけれど。
「どこで?」
「どこだったかな」
「探してるの。知ってるなら教えて」
再度膝をつき彼と目線を合わせる。誰に聞いても雲を掴むような返答しかもらえなかった真くんの居場所を知る唯一の手がかり。それを握っているのがよりによってグリフォンだったのは、当然なのか運が悪いのか。
母が女王だった頃から信頼を寄せられ何かと頼られることの多かったグリフォンは、わたしに王権が降りてきてから正式にハートの女王の臣下になった。もちろんわたしが命令したのではなく、真くんのスカウトによるものだ。昔から真くんと懇意にしていたらしく、この人と真くんが話す姿はたびたび目撃していた。城の外にいた頃からいつも眠っているイメージがあった彼は、城に来ても呼ばれない限り延々と眠り続けている。こんな怠惰な人間こそ打ち首になりそうなものなのに、母も真くんも、処刑対象にしたことは一度もなかった。いわゆる、お気に入りってやつなのだろう。
わたしは反対に、この人のことが得意じゃない。しゃべると馬鹿にされてる気分になるし、嫌われてる気がしてくる。だから真くんがこの人といるときは遠巻きに見ていたし、極力近寄らないようにしてきた。今日だって、こんなことさえなければ話しかけなかった。
「白ウサギはどこかで居眠りしてるよ。多分ね」
「どこで?それが知りたいの」
「さあね。どこだっていいだろ」
思わず顎を引く。ああきっと、真くんの居場所もわからないなんてって馬鹿にしてるんだ。教える気なんて最初からなかったんだ。わたしはなんだかもう、みじめで、虚しくなってしまって、早くこの場から立ち去りたい気持ちでいっぱいになった。
「女王さまが探す意味ないよ。白ウサギは女王さまがいないと何の意味もないんだから」
淡々と紡がれる言葉に棘をつけてないことはわかる。けれど言われた内容は冗談ばかりで、顔がどんどん歪んでしまう。探す意味はあるでしょ。現に今、真くんはここにいない。だから探さないといけない。探す以外にすべきことがない。
やっぱりこの人苦手だ。立ち上がり、踵を返す。
「教えてくれないならいい。一人で探す」
「だから意味ないって。女王さまは探したって見つけられないよ」
どこまでも見下してくるグリフォンに背を向け歩き出す。十歩進んで振り向くと、彼は最初に見つけたときと同じ体勢で眠っていた。
足は自然と自分の部屋に向かっていた。グリフォンに散々言われたせいではなく、これ以上他に探すところが思いつかなかったからだ。
部屋のドアノブに手をかけた瞬間、城の外に行こうとしていたことを思い出した。でも一人じゃ怖くて出られなかったから意味ないなと思い、下げる。
「意味ないよ」ドアを開けて部屋の様子が目に飛び込んできた瞬間、もしかしたらグリフォンの言う通りなのかもしれない、と思った。
真くんがソファで眠っていたのだ。
思わず駆け寄る。赤いふかふかのソファに仰向けに寝そべる彼は頭を右側の肘置きの上に乗せ、ふくらはぎから下をソファからはみ出させている。わたしが横になると肘置きにちょうど踵が乗るのだけど、真くんだと小さすぎるらしい。そんな発見に感動しながら彼の頭の真横に膝をつく。カーペットのふわふわに膝を埋める。
目を閉じ静かに眠る真くん。寝息も聞こえない、かろうじて胸が上下しているのだけわかる。この綺麗な姿をもっと見ていたいと思ったけれど、早く真くんを「見つけた」くて、たまらず呼んでしまった。
「真くん」
ゆっくりと瞼が上がる。赤い双眸がわたしを捉える。眩しさに目が眩んだのか、眉をひそめた。それがそのまま不機嫌そうな顔になる。
「…どこ行ってやがった」
「真くんを探してたんだよ。真くんこそどこ行ってたの」
「どこにも行ってねえよ」
起き上がり、足を床に下ろす。まっすぐくるぶしの上まで隠す黒のスラックスを見て、真くんは裁判がないときでも綺麗な格好をしているから寝にくかったんじゃないかなと思った。見上げると、胡散臭そうにわたしを見下ろす目と合う。すると次第に、本当にどこにも行ってなかった気分になってくる。
「どこにも行ってないのにわたしは真くんを探してたの?おかしいな」
「おかしいのは元からだろ。女王が無意味なことすんじゃねえ」
はあ、と溜め息をつき、頭をかく。そんな態度にすら安心を覚える。さっきと同じようなことを言われてるのに全然違うのだ。
「でも真くん見つけられたからいいや」
「俺が迷子だったみたいに言うんじゃねえ」
吐き捨てるような言葉も今日は傷つかない。わたしのそばに真くんがいてくれてよかった。立ち上がり、真くんのすぐ隣に座る。真くんはいなくならなかった。
グリフォンの言ったことはあながち間違いじゃないのかもしれない。今度話すときはちゃんと信じてみよう。
膝と膝をピタリとくっつけて、自分のつま先を見下ろす。グリフォンに限らず、チェシャ猫も首切り役人も、みんな間違ってないし、当てずっぽうで適当言ってるんじゃないのかもしれない。だとしたらわたし、真くんの考えてることがまるでわからないな。みんなの言ってることと真くんのやってることが、ちぐはぐなんだもの。もし一つ一つ丁寧に解いたら一本の糸になるんだろうか。考えようとしたけれど、頭が痛くなりそうだったのでやめた。
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