02


 三連休の中日を買い物に充てることにしたわたしは、遅めの起床をするとのんびり支度をして街へと繰り出した。行きつけのファミレスで空腹を満たしたあと、駅前のファッションビルで買い物に興じる。お気に入りのショップからメルマガでセールのお知らせを受け取っていたので丁度良かった。悠々自適にオフィスカジュアルな洋服を買い漁り、購買意欲が満たされる頃には両手にショッパーをいくつもぶら下げる状態となっていた。買いすぎたかもしれない、と来月のクレジットカードの請求額に震えたものの、すっきりしたのも事実だ。必要経費だったと考えよう。

 なんか喉渇いたなあ、と手首に巻いた腕時計に目をやる。もう四時か。買い物に夢中になってたから当然だ。ちょっと小腹も空いたし、四時のおやつということでカフェに寄ろうか。ちょうど近くのテナントに居心地のいいお店が入っているのでもってこいだ。そうと決まればと当てもなく彷徨っていた足を止め、方向転換する。休日なので街行く人は多く、ぶつからないよう人の合間を縫うように歩く。

 ふと、向かいから歩いてくる人と目が合った。


「……!」


 その男の人はわたしを見るなり目を見開き固まった、ようだった。あまりのオーバーなリアクションに思わずこちらも立ち止まってしまう。それから、いやわたしじゃないかもと我に返った。タイミングがタイミングだったから勘違いしてしまった、恥ずかしい。羞恥心に見舞われて右下へ逸らす。相手がとても綺麗な顔立ちだったものだから余計恥ずかしい。
 と、そこまで考えて思い出す。あの人、こないだ映画館で隣に座ってた人じゃないか?確かめるべく、さりげなくもう一度彼を盗み見る。人違いだろうか。でもくせ毛っぽい黒髪に白い肌、背はさほど高くないにもかかわらずスタイルがいい、ほら顔色が悪そうに見えるのも前と同じだ。違うのは、今日は一人じゃなく周りに同年代の男の人を連れてるところだろうか。


「……あなた!」
「!」


 思わずビクッと肩が跳ねる。声かけられた?完全にわたし目掛けてだ。さすがにあんな反応しといてスルーされても驚くけど、そういえば自分映画館で恥ずかしいことしたんだよなと思い出していたところだったので気まずい。ズンズンと顔に似合わない効果音が聞こえそうな歩き方でやってくる彼にどういう顔で待ち構えていればいいのかわからずうろたえてしまう。


「先週、映画館にいた方ですよね?」


 目の前で立ち止まったかと思えば迫られ咄嗟に仰け反る。仰け反ってから、そこまで近くなかったことに気付いてすぐに姿勢を正した。けれど相変わらず一級品のような端正なお顔を直視できず一歩後ずさってしまう。ぐうう超綺麗…!


「は、はい、」
「よかった、ずっとお会いしたかったんです」
「へ?」


 まさかのナンパである。一流の画家が請うてでも肖像画を描きたがりそうな品のある笑顔を浮かべる、こんな綺麗な人が、ショッパーを大量にぶら下げた女に声をかけなくてはならない背景には一体何が……。感激とか有頂天より困惑が脳内を占め建設的な返事ができずにいるわたしとは対照的に、彼はやや興奮気味だ。顔色が悪いと思ってたけど、今や頬は若干紅潮している。いいやでも、よく見ると目の下にクマができているような…?


「失礼。僕は観月はじめと言います。あなたのお名前は?」
「あ、わた……です…」


さん」そう言って、にこりと微笑む彼、観月さんに曖昧な笑みを返す。自分が今どういう状況に陥っているのかいまいち飲み込めない。なんでわたし、綺麗な男の人に下の名前呼ばれて微笑まれてるんだろう……。悪い気はしないから美人は得だ。
 しかしわたしは凡人なので早くもこの場から退散したい気持ちに駆られてしまう。どうしようと思いあぐねているうちに、追い打ちをかけるように観月さんの後ろからお連れさんの男性二人がやってきてしまう。


「珍しいな、観月がオフの日に客に声かけるなんて」
「ついに寝不足がたたって頭おかしくなっただーね」


 色黒で長身の人と前髪に独特なパーマがかかっている男の人は言葉ほど観月さんの奇行を物ともしていない様子だった。客?寝不足?ハテナを浮かべるわたしとは対照的に、当の観月さんはばっちり癇に障ったらしく、「失敬な。たかが一週間程度で僕の冷静な思考が損なわれるわけないでしょう」と彼らを睨んでいた。


「彼女はお客様じゃありません。先週話したでしょう、ほら…」
「あ!映画館の君ってこの人のことだーね?!」
「え…?」
「あーあの、快眠を実現したとかいう…」


 よく見ると彼らも観月さんに負けず劣らずのご尊顔だ。観月さんが中性的な美人だとすると彼らはワイルド系やチャラ系といったところか。普段顔のいい男性なんて画面の中でしか見る機会がないので耐性ゼロのわたしには刺激が強く、生の人間にまじまじと見つめられては羞恥と居たたまれなさは最高潮である。下手くそな愛想笑いを浮かべながら、胸中は退散したいの一心だった。


さん。これから少しお時間はありますか?」
「え?!」
「よければ僕の話し相手になっていただけませんか。もちろん彼らは帰しますので…」
「あ?」
「自分が連れ回しといてよく言うだーね…」
「今日の目的が昨日あなたたちが壊した調度品の購入だということを忘れましたか?」


 ピシャリと言い放った観月さんの言葉にピシリと固まる二人。それからすぐに、「お、おつかれさん」と片手を挙げ、そそくさとこの場から退散してしまう。いや、わたしまだ何も答えてない!二人を呼び止めたくても名前も知らない彼らへかけられる言葉は一つもなく、伸ばしかけた手を泣く泣く引っ込めるばかりだった。
 ……いや、ていうか、ほんと何なんだろう。そもそも観月さんって何者?映画館で一度隣に座っただけのわたしのことを覚えてるのもちょっと変だし、見つけて話し相手になってくれって、普通、ない。まさか、なんか変な宗教団体で、勧誘とかされるんじゃ……。
 観月さんの綺麗な顔にいいように流されてきたわたしはここに来てようやく不審感を抱くに至った。泳がせていた視線を、彼に合わせる。去っていった二人を目だけで見送っていた観月さんは彼らから離すと、わたしに向き直し肩をすくめた。わたしの警戒心なんてちっとも気付いてなさそうだ。


「すみません。彼らは僕の同僚でして」
「……何の仕事をされてるんですか?」


 我ながら疑念のこもった声だ。でもそのくらいでちょうどいい。だってほぼ初対面だ。わたしが警戒してることを見せつけてやれ。
 しかし観月さんはやっぱりちっとも気にしてないようで、「ああ、」と思い当たるとズボンのポケットから財布を取り出した。一見ただの黒革の長財布と思いきや、何かの模様が全体にいくつも彫られている。それが、大きなバラだと気付いてまず驚いた。男の人がよほど身につけなさそうなものだ。


「こういう者です」


 観月さんは慣れたように背ポケットから一枚の名刺を取り出した。それを目にした途端、さっきまでの動揺は一瞬で消え去り、代わりに何倍もの衝撃を受ける。


「……ホスト…?」


 思わず口に出していた。反射的に受け取るのを躊躇い、彼を見上げる。
 目は合っただろうか。突如、パキッと視界に大きなヒビが入った。同時に観月さんにも亀裂が入り、ガラスが割れるようにいくつもの破片となって砕け散った。




modoru / tsugi