友達の待つカフェは大学から五分ほど歩いた大通りにあるチェーン店だ。立地の良さからか平日の午後は大繁盛らしく、二階まで広がる店内はほとんど学生によって埋め尽くされていた。一時から居座ってる友達が席を確保しておいてくれなければ、三限終わりに来たんじゃ座れなかっただろうなあ。自動ドアをくぐりながら、「着いたよ〜」とスタンプとセットにメッセージを送る。三限の始まりに連絡してもらった二階の奥の席を目的地に、ひやりと涼しい店内に心の中で拝み携帯をカバンへしまう。炎天下の外を歩いてきた身としてはありがたすぎる室温だ。アイスティーを注文し、ガムシロップをカウンターでもらってから階段を探す。すぐ見つかるかな。見つかるか、目立つもんなあ。
思った通り、二階に上がり空間を見回した途端黒髪が目に入った。後ろ姿だけでもオーラある。背高くて髪の毛綺麗で、それでいて両腕で頬杖ついてるなんて、わたしあの人しかしらないよ。
「実渕くーん」
お客さんたちのご歓談で店内は賑わっているので聞こえないかもしれない。思いながら、遠くから歩み寄って名前を呼ぶ。案の定、彼がこちらを振り向く気配はなかった。実渕くんの隣の席空いてる。あれ、四人席確保したんだ?ええ、二人しかいないのにそれは贅沢では…実渕くん意外と図太いな…?!
さすがに大学で知り合って三ヶ月も経っていないとなると知らないことも多いらしい。内心申し訳なくなりながら彼の元へ足を急がせる。わたしが着いたらテーブル離すぞ!四人席だけど、きっとテーブルを二つくっつけた席のはず。勇んで大股で近寄る。階段から見たよりも視界はどんどん開け、実渕くんの背中がよく見えた。肩を小刻みに震わせてる。笑ってるみたいだ。え、一人で?
一人でも賑やかな人なんだ。実渕くんの新しい一面をまたもや見つけてしまっ――
あれ、向かいに誰かいる?
ここにきてようやく実渕くん以外の存在に気付いたのは何もわたしがバカなんじゃなくて、もともと今日の三、四限は暇してるって話してた実渕くんに、暇つぶし付き合うよって名乗り出た経緯があるからだ。てっきり二人でおしゃべりするんだと思ってた、まさか他にも誰かいるとは。
誰だろう、クラスの人かな、女かな男かな。ごく自然に湧いた疑問に、足を進めながら身体を右に傾ける。
その瞬間、急激な寒気を感じ取り身震いする。「……?」しかしその寒気もすぐ消え、わたしは天井を見上げた。なんだ、空調の真下を通ったからか。それにしてはまるで、北極に半袖で放り出されたみたいな悪寒だったけれど。
さて、と気を取り直して再度覗き込む。と、そこには発色のいい赤い髪が。
「………?! え…?!」
あまりの驚きに立ち止まってしまう。そこはすでに実渕くんの隣の通路で、わたしの到着に気付いた実渕くんがあら、と顔を上げた。のを視界の隅で捉えつつ、わたしの焦点は依然、彼の向かい側に座る人物に固定されていた。
「あ、あか…」
「ちゃんいらっしゃ〜い。偶然征ちゃんと会ったから同席してもらってるんだけど、いいかしら?」
「せっ」
「お邪魔してます」
目を細め笑みを浮かべる男の人に瞠目せずにいられない。他人の空似じゃない、この人まじで赤司征十郎だ…!
特にわたしくらいの年代の若者で彼のことを知らない人はいないんじゃないか。今をときめく人気俳優、赤司征十郎は演技派として若手の中でも名を馳せていて、いろんなCMやドラマで見かける有名人だ。わたしが追ってるドラマにも出てて、そこでは主演女優の女の子を誘惑するミステリアスな男の子を演じてた。けれど間に挟まるCMでは爽やかな高校生として青春のワンシーンを演出していて、すごいなあと月並みな感想を抱いたものだ。
同じ大学ってことは知ってたけど実際に目にしたのは初めてだ。というか実渕くん知り合いだったの…?!
「ちゃん?座らないの?」
「え、あ、うん……いやあびっくりして…」
実渕くんに促されてようやく我に返ったわたしは頭を掻きながら彼の隣に座った。まさか赤司征十郎の隣に座るほど肝は座ってない。
「いきなり混ざって、ごめんね」
「い、いえ…」
「私も内緒にしててごめんなさいね。騒ぎになるからあんまり言いふらすなって言われてるんだけど、ちゃんなら大丈夫かと思って」
「大丈夫とは…」
「前に一度征ちゃんの話題になったとき、あなた、かるーく流したじゃない?だからあんまりキャーキャー言わないかしらって」
確かに周囲によーく気を配ってみると、ちらちらとこちらを見る女子大生の視線を感じる。人気俳優がいたらそうなっても仕方ないだろうなあ。実渕くんに言われて記憶を遡ってみるけれど、赤司征十郎について話した記憶はなかった。もしかしたら今見てるドラマの話したときかな…わたし赤司征十郎より最終的にヒロインとくっ付きそうな俳優さんのほうが好みだからな……いや、赤司征十郎もかっこいいけど!実物はもっとかっこいいけど!
「本人目の前にしたらさすがにミーハーになるよ…!」
だんだん見てられなくなってきた。恥ずかしくなって目を逸らしながら主張すると、実渕くんはおかしそうにアッハッハッと笑った。こ、このやろうー…!悔しくて歯を食いしばって睨んだけれど実渕くんには効かなかった。
「あまりかしこまらなくていいからね。よろしく、さん」
パッと顔を上げる。赤司征十郎がわたしに柔らかく笑いかけていた。「よ、よろしく…」作り笑いもいいところの引きつった笑みを浮かべたけれど、赤司征十郎は気を悪くした様子もなく、うんと笑みを深めた。
それからしばらく三人で話し込んで判明したことは、実渕くんと赤司くんは高校時代の級友だということだった。知り合ってすぐスカウトされた赤司くんは芸能界入りし、学生生活の傍ら俳優業をこなしていた。当初から応援して高校でもフォローしてくれた実渕くんのことを信頼しており、進学先を都内の大学の中から決めかねていた折、実渕くんの志望先を聞いて合わせたほどだという。
「とかいって、征ちゃんの学力じゃ選び放題だったって話よ。フォローっていっても勉強面はむしろ私が助けてもらったくらいだし」
「そうなんだ?!頭いいんだね…!」
「当時はそこまで仕事ももらえてなかったし、無趣味だから勉強するくらいしかやることがなかっただけだよ」
肩をすくめた赤司くんは氷のたっぷり入ったアイスコーヒーに手を伸ばしストローで一口吸った。そんな姿さえサマになっていて、わたしは感嘆の息を漏らすばかりだ。
「かっこよくて性格も良くて頭もいいって、天は赤司くんに二物も三物も与えたんだねえ…!」
あと赤司くんに何が足りてないんだよー!ってレベルだね!そこまで言う前に、「…!」急激な寒気に襲われた。さっきの比にならないくらいの悪寒にぶるるっと身震いする。さ、寒い…ここクーラー効きすぎじゃあ…?辺りを見回すものの同じことを主張してる人はおらず、寒くても各々カーディガンを羽織って防寒しているようだ。わたしも何か持ってくればよかったなあ…。とほほと溜め息をつき首を戻す。なんだっけ、そうそう、赤司くんが何でも持ってるって話だ。
「ちゃんはストレートに褒めるからいいわよねえ」
「えっ?!…あ、深い意味は…!」
実渕くんにクスクス笑われてようやく自分が恥ずかしいことを言ったことに気付いた。有名人相手に馴れ馴れしすぎた…!どうにかしようと慌てて手を振るも、赤司くんは大きな目でわたしをじっと見たあと、ふっと笑うだけだった。
「さんこそ、表情がはっきり出るところ、すごくいいと思うよ」
やっぱり褒められ慣れてるのか、赤司くんに動揺は一切なかった。まあわたしなんかに褒められたってねえ…と赤司くんの言葉にしっかり照れたわたしはアハハと頭を掻くのだった。
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