町外れにこぢんまりと建っている教会の存在に気付いたのは先週のことだった。鉄格子の門を開け、正面に立ちそびえる真っ白な建物へと足を踏み入れるとそこはまるで別世界のようだ。入り口からまっすぐ伸びるワインレッドのカーペットは奥の白い演台に繋がっており、その後ろには大きなステンドグラスの窓がはめ込まれている。両脇の壁にはいくつかの窓が等間隔ではめ込まれているので、明るいこの時間は陽の光がたくさん入ってくるのだ。客席の木製の長イスはカーペットを挟んで左側にだけ縦一列に並べてあり、右側は机や一人用のイスや、あとはこんなところじゃ見られないような「仕事道具」が所狭しと置かれている。とっくの昔に廃墟となったこの教会は持ち主の厚意によってとある人形師に譲り渡されたのだそうだ。なんでもその教会の持ち主が、彼の作る人形の大のファンだとかで。
ギイと扉を閉めるとようやくわたしの入室に気付いたらしい、人形師のサソリさんは筆を動かす手を止め、横目でわたしを見やった。こんにちはーと片手を挙げてあいさつをしてみる。案の定、舌打ちされてしまったけれど。わあ。
「き、今日行くって言ったじゃないですかー…?」
「あ?それは明日だろ」
「ええっ?木曜は午前中しか授業がないから午後行くって、先週も同じこと言いましたよ」
「木曜…?」
眉をひそめるサソリさんの剣幕に若干圧倒されつつ、あ、わかったぞ、とこのあとの展開を予想するわたし。サソリさんはおもむろにふらりと作業イスから立ち上がったと思ったら、元々教会に備え付けられていた客席の長イスへと歩み寄った。ここからでは背もたれの影になって見えないけれど、携帯を置いてるらしい。手に取って画面をつけた彼はそれから、はああと長い溜め息をついたのだった。……日付の感覚がなくなってるんだなあ。それほど人形作りに没頭してたといえる。責める気はないので(追い出されても嫌だし)颯爽と話を変えようではないか!
「今日は何の人形を作ってるんですか?」
サソリさんの作業机へ歩み寄りながら純粋な疑問を投げかける。彼は自分の勘違いでバツが悪いのか、苦虫を噛み潰したような顔で携帯を元あった場所に置いた。
「……ビスクドール」
「うわあ」
彼の解答とわたしが作業机を覗き込んだのはほとんど同時だった。頭部だけの球体人形は髪も生えてなかったけれど、サソリさんの手で作られた耽美な表情はもはやこの世界に産み落とされた一つの命を宿しているようだ。焼いてる最中なのか、胴体や他のパーツが見当たらないので男女の判別がつかない。
「これまた美少女…いや美少年…?…美人さんですね」
「依頼人の要望だ」
「中性的な顔立ちも?」
「ああ」喉を震わす声にドキッとする。赤い髪の毛や透けるような肌、まつ毛も長い。神経質でよく眉間にしわを寄せるサソリさんだけど、静かな表情をしてるときの彼は誰よりも完成された作り物のような危うさを感じる。この教会はサソリさんのアトリエであり、一部の作業工程を除いてほとんどの仕事をここで行ってるらしく、出来上がった人形はあちこちに並べられていた。仕事机の周りや木製の長イスの上に、ビスクドールに始まり日本人形、カラクリ人形などと、仕事とは関係のない趣味の範囲での製作物が飾ってあるのだ。
その作り物の人形に囲まれる彼をぼんやりと眺める。伏せられた目、憂いを帯びた表情。このビスクドールみたい。人形師のサソリさんが、一番美しいお人形さんみたいだと思ってしまうのは、わたしだけだろうか。
「おい。そこに立たれると仕事できねえだろうが」
「あっはい!すいません」
怒られた。そそくさと作業机から離れると、サソリさんはガタンとイスに座り筆を取ったようだ。途端に手持ち無沙汰になるわたし。そもそも、サソリさんの都合を無視して押しかけてるわけだし、相手にしてもらえなくて当然なのだけど。でもせっかく来たんだし数分で帰るのはもったいないよね!ということで、先週から何度も見てる人形たちの鑑賞会を始めることにした。
(……あれ?)
木製の長イスに並べてある人形たちを見て行く途中、ふと違和感に気付いた。おととい見た、白いドレスを来た人形がいなくなっているのだ。こげ茶色のツルツルの髪の毛を三つ編みにした、綺麗な目の女の子だ。初めてここに来たときから毎回見ていたからよく覚えてる、可愛い人形だった。いつもここに飾ってあった気がするけど、移動したんだろうか。何となく気になってアトリエ中をうろうろ見て回ったけれど一向に姿が見つからず、ついにお手上げとなったわたしは少し気がひけるもののサソリさんに聞いてみることにした。
「サソリさん、ここにいた白いドレスの女の子、どこか行っちゃったんですか?」
無視されるかな。思ったそれは杞憂で、背を向けて作業に集中していただろうサソリさんはワンテンポ置いてちゃんと振り返ってくれた。
一瞬、サソリさんの横顔がかげった気がした。けれど正面を向いたときにはそんなことはなくて、気のせいかと思い直す。
「…ああ、あれか」
「…はい、ずっと可愛いなーって思ってたので…」
「欲しいって奴がいたからやった」
それだけ返すとサソリさんはくるっと元の体勢に戻ってしまった。一応予想してた範疇の答えだったので驚きはしなかったものの、どうにも釈然としない。勘違いかもしれないけど、サソリさんはあの人形を結構気に入ってたと思うのだ。それを簡単に誰かにあげてしまうものだろうか。少なくともその誰かが買い受けたというわけでもなさそうだ。
なんでか無性にもやもやして、拳をぎゅうと握りしめる。何か言い返さずにはいられなかったのだ。
「じゃ、じゃあわたしにもくださいよー!」
「あ?仕事の邪魔以外のことしてから言え」
うっ。カウンターがグサッと刺さる。何も言い返せない…。確かに偶然このアトリエを見つけてから入り浸るようになったけど、サソリさんの仕事の邪魔しかしてないもんな…最初の頃みたいに追い出されなくなっただけマシか…。
それでもやっぱりもやもやしたままのわたしは何かを主張したくて堪らなくなり、何を思ったのか人形たちの間にストンと腰を下ろしたのだった。ちょうどドレスの女の子が座っていた位置だ。少しだけ、自分も人形になった気分になる。
人形に紛れ込むように座るわたしを横目で見たサソリさんは、怒ると思いきや存外何も言わず、作業に戻ったのだった。
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