団蔵による「昼飯食いに行こうぜ」によって僕たちは一旦部室棟を離れ食堂に向かった。全員三限が空きコマなので昼食の時間は十分にある。二限終わりに部室に寄ったため昼の入り時間とはズレ、一度満席になったであろう食堂は早く食べ終わった学生の分ちらほらと空席が見えた。

 わざと未だ一番長い列を作っているオムライスの列に一人で並び、レジで会計を済ませる。おぼんを持ち直し、人知れず溜め息をついた。二人はとっくに四人席に腰を下ろして待ち構えているのだろう。思うと気分はまるで乗らなかった。一人で外のファミレスに行かなかったことを後悔しているほどだ。
 これから質問責めの時間が続くと思うと気も重くなるだろう。団蔵一人だったら適当に殴って強制終了させられるけど三治郎にそんなことは出来ない。それに現状一番興味津々なのは三治郎の方だった。だから部室でも正直に答えていたのだ。

 でもそろそろしんどいかもしれない。気持ち遅いペースで彼らの待つテーブル席へと歩きながら思った。


 結局、場所移動で間が空いたのもあって食堂での話は僕と団蔵による中学の思い出話が主だったためそこまで苦ではなかった。脱線して三治郎による中学時代の友人のイカれエピソードを聞いたりと面白い話もできたのでむしろ楽しかった。
 元々、人に自分の話をするのは嫌いではない。ただ普段の生活で聞かれることがないので話さないだけだ。まあ聞かれる相手にもよるんだけど。親しくない奴に昔のことをほじくり返されるのは殺意が湧くだろう。私生活を知られるのも嫌だ。そう考えると三治郎も団蔵も全然許せる人間なのだが、あんまり根掘り葉掘り聞いてきたときはさすがにやめてくれと思った。が、それ以外の昔話の共有は楽しかった。時間が経つのもあっという間で、気付けばあと十分で三限が終わる時間となっていた。ここを出るのは三限が終わってからで間に合うなと一人腕時計を確認する。


「ね、今日夜ご飯食いに行こうぜ」
「おっアルカリ性の反対ー!」
「そのネタなつかしいな!あっはは!」


 三治郎の提案に団蔵が乗る。僕もいいよと返そうとした瞬間、三治郎がクルッと僕に向いた。初対面受けのいい笑顔を貼り付けて。


「ついでにそのさんも呼んでよ」
「……はい?」


 意味を理解した途端口角が引きつった。……勘弁してくれ三ちゃん。正直な感情をそのまま表情に出すも三治郎に効かないのはわかっていた。基本的に三治郎は意見を変えない頑固な男だ。三年もつるめば夢前三治郎という人間が笑顔の使い分けが達者であることは身にしみているし、初対面受けしかしないその笑顔を慣れ親しんだ僕に向けてくることが単に圧力を掛けているのだともわかる。更には団蔵もにやにやしながらいーねーとかほざいてやがるしで駄目だ。この状況は僕に不利だ。それでもを呼ぶなんて御免だと思い頭を回転させる。……。


「じゃあ聞いてみるけど、が無理って言ったら無理だからね」


 そう言い、携帯だけを持って颯爽と席を立った。二人が引き止める声は聞こえない。一人になればこっちのものだ。には今日友達と夕飯食べるから勝手に何か食べてろと伝えて切れば僕の勝ち。爪が甘いな三治郎、団蔵。目の前で電話を掛けさせないなんて。
 僕が友人たちに外面だけはいいと言われてる理由は口の上手さにあると自負している。嘘をついて場を切り抜けることや話を逸らすことは得意だ。どこでそんなテクが身についたのかはわからないけど、大体は興味のない女子をかわすときに磨かれたんだと思う。団蔵と三治郎が僕がを誘うとあっさり信じたのは自分たち相手に嘘はつかないと思ったからかもしれないが、今回に限ってその信用は踏みにじらせてもらう。を三治郎に紹介するのはまた今度でいいだろう。このままだとあいつまで質問責めを食らいかねない。だからってわけじゃないけど、とにかく今日はまだ早い。明確な理由もないままただ駄目だという直感だけでこの話をなかったことにしようとする。いつかバレてもいい。こんなの大したことじゃない。

 携帯の電話帳から先日登録したばかりのそいつの名前を選び出す。携帯は持つようになってから二度替えた。一度目の機種変で、の名前は消えた。高校生になって、もうとは顔も合わせていなかった。どうしようもなかった。
 そんな虚しい気持ちを思い出して指の動きが止まる。二日前、が押しかけてきた翌日の土曜、朝起きるなり「笹山電話番号教えて」と言われた。その程度の簡単な話だった。少なくともにとっては、だけど。

 廊下まで出て振り返る。あいつらは盗み聞きしてない、と。入り口を確認しながらアイコンをタップし発信する。ちなみにも今の時間空きコマなのは把握済みだ。何かあったときのためにお互いの時間割は教え合っていた。そう、そんなこと……。

 ああわかった。まだ駄目だと思った理由。僕がまだ、が僕の家にいることをちゃんと飲み込めてないからだ。

 五回目のコール音が突然止み、しばらくの間があった。それから僕の耳に届いたのは、ここ毎日聞くようになった声だった。


『もしもし、笹山?』
「……うん。今大丈夫だった?」
『うん大丈夫』
「あのさ、今日の夜予定ある?」
『ない』
「そう。僕夜友達と外で食べるから、そっち勝手に食べてていいよ」
『………え、か、…え?』
「あ?何?」


 用件だけ手短かに伝えて切るつもりだったのにの歯切れが急に悪くなった。不審に思い聞き返すとまた同じように口ごもられる。


『……え、じゃあ夜いない、の』
「そうだって」
『か、帰って、こないんだ』
「だからそうだって」
『……』
「……」
『……』
「はあ……おまえも来る?」
『え!行く!!』


 負けた。携帯越しでもわかるの落胆っぷりに根負けした。何にそこまで落ちたんだ。そんなに夜ご飯作るの嫌だったのか?確かにあいつがちゃんとしたご飯作ってるの見たことないけど。でもこのご時世コンビニだってそこらへんに建ってるし近くには惣菜がたくさん売ってるスーパーもある。謎だ。やっぱりのことはほとんどわからない。


「じゃあ時間決まったらメールするから学校にいろよ。五限終わりだろ?」
『うん。……ごめん即答しといて何だけど、誰来るの?』
「団蔵と、サークルの友達。男」
『あ、へー。わかった。ありがとう』


 何がありがとうなんだ。じゃあねと言って先に切る。こっちはあと二限痛い頭を抱えながら講義を受けなきゃいけないというのに、はいつでも考えなしでお気楽そうだ。僕はこのあとすぐ席に戻って、二人の希望通りになったことに更に負けた気分を味わうのがオチだっていうのに。




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