正門で待ち合わせをした僕らのうち最初に着いたのはと団蔵だったらしく、僕と三治郎が第一校舎で落ち合ってから向かったときには既に二人は待っていた。あ、やば。僕が誘う気なかったのバレてるかも、と思ったもののそこは伝わらなかったらしく、僕らに気付いた二人は揃って手を振るだけだった。「あれがさん?」三治郎の高めの声が小さく聞こえる。そうだよ、と言いながら横目で見ると彼は「へー」とお得意の笑顔で手を振り返していた。三ちゃん、にはバレないだろうけど思いっきり顔に「普通だね」って書いてあるからね。何を想像してたんだ。
「ごめん二人とも、待たせた?」 「いやー?でも腹減った!どこ行く?」 「団蔵決めていいよ」 団蔵に丸投げした三治郎はすぐさまに向き、先ほどより一層人当たりのいい笑顔を作り少し腰を屈めた。 「さん初めまして。夢前三治郎です」 「あ、はい。です」 「兵太夫の幼なじみなんだってね。僕はこの二人とは高校から一緒なんだ。よろしくね」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 無意味な握手を交わしたのち僕の方を見た二人に何を言ってやろうか思案していると、店を即決した団蔵が「じゃあ俺のオススメのとこにしよ!」と歩き出したため一行は動き出した。自然な流れで先頭を団蔵と三治郎が歩き、その後ろに僕とが並んだ。最初三治郎を見たときこいつ誰だという顔をしていた彼女は初対面の人と即座に打ち解けられるようなコミュ力を空白の三年で培わなかったらしく、今も三治郎に対し若干警戒気味だった。楽しくなさそうなら来なきゃよかったのに、と我ながら辛辣なことを考え、間違っても口にしないようにしようと思った。無闇に傷つけるのはよくない。 「三治郎は同い年だから敬語使う必要ないよ」 「それはわかるけど初対面だからつい」 「大丈夫だよ。あいつ一応優しいし」 「一応」 「一応ね。人脈広いから仲良くなっときな」 「そうなんだ」 三治郎はいいコネクションをたくさん持っている。サークルもここ以外にもう一つ入っているらしく、そこでの繋がりで学年学部問わず知り合いがたくさんいる。僕も別のサークルに入ってはいるけど、結構小規模だし絡繰同好会並みのマニアックな集団なのであまり紹介はしたくなかった。OBとかは結構大物なんだけど。もボランティアサークルに入っているらしくときどき飲み会や作業で帰りが遅くなるときがあると言っていたから、こいつもそれなりに大学生活をエンジョイしているようだ。知り合いも多いのだろう。わざわざ三治郎を推す必要はなかったかもしれない。この先三治郎との距離感がどんなものになるのか、現時点ではまったく判断ができなかった。 店に着き四人テーブルのソファ席へと案内される。僕の隣が、前に団蔵、斜めに三治郎という席順だ。腹減った腹減ったと連呼する団蔵にうるさいと一喝しつつメニューを一冊渡してやる。二人で一冊を見ながら各々適当に選び注文を済ませ、水を取りに行ったとトイレついでの団蔵が戻ってきたところで、さて、と三治郎が切り出した。 「ね、さん、兵太夫って昔どんな感じだったの?」 はい来た。早速来たよ。白けた目を三治郎へ遣るとなんとまあ杜撰な作り笑いで「まあまあ」と宥められ、意味わかんないんだけどと言ってやろうとしたらが「わたしより背が低かった」とか言い出してもうおまえは黙っとけと言いたくなった。団蔵がぶはっと吹き出す。おまえは知ってんだろ。 「そういや低学年のときチビだったよなー!」 「昔のことはおまえに言われたくないから」 「団蔵は高校で伸びたよねー。さんいつ兵太夫に抜かされたの?」 「六年のときだったかな。夏休み明けて気付いたら。ショックだった」 「へーそこなんだ成長期。まるで女の子だね」 「そうですね」 「あ、不機嫌になる。昔からこんな感じ?」 「うん。変わってない」 「おい。そんなことないだろ」 突っ込んだけどがアホみたいにふへっと笑うので、他にもトマトが食べられなかったとか後転ができなかったとかどうでもいい話をし始めてもそれ以上は責められなかった。だから団蔵もそんなにやにやした目で僕を見るな叩くぞ。 「あ、ていうかさ、今兵太夫ん家に居候してるんでしょ?どう?」 ピクッと眉が動く。そこは一番触れてほしくないところだ。心臓が浮く。息が一瞬詰まった。この場から消えたい衝動に駆られる。だから連れてくるの嫌だった。「楽しいよー」……即答するのか。 「いいなー居候とか。楽しそう。あ、兵ちゃんの高校時代とか聞いた?」 「ううん。大学の話ちょっと聞いただけ」 「知りたい?」 「うん」 あ、話逸れた。よかった。居候のことよりも高校の話の方がずっといい。 タイミングの良し悪しはわからないがここで四人分の料理が運ばれてきて、店員のセッティングが済むなりいただきますと手を合わせた。高校は三人一緒なので、団蔵と僕も混ざっていろいろしゃべった。部活の話や勉学の話。笑いのツボが結構似ていたので四人で楽しくしゃべれて、の緊張も完全にほぐれたようだった。三治郎うまいな、とクリームパスタを口へ運びながら密かに思った。 「どうしてその高校にしたの?」 流れでの高校の話になり、三治郎がそう問うた。僕は母親から聞いていたから知っている。理由は至極単純で、そこが僕の姉の母校だったからだ。可もなく不可もなくのレベルで校風もよく元々人気があった。姉は昔からを大層可愛がっていたから勧めたのだろう。その光景は容易に想像がついた。も同じような理由を述べ、それから、すんと背筋を伸ばした。 「あとユキちゃんも通ってたから」 「ユキちゃん?」 三治郎は知らないだろうが、ユキちゃんというのは中学の一個上の先輩だ。委員会が同じだったのがきっかけで一年の頃からと仲良くしていた。しかしそれが理由の一つであることは初耳だった。まだ交友関係が続いていたとは。 そのあとさらに大学の話に移ったものの、居候の件が触れられることはなかった。二時間くらい駄弁ってから解散となり、店を出ると外はもう真っ暗だった。冬が近づくこの季節は肌寒かった。 また集まろうねと三治郎が言うと団蔵が頷き、僕の隣にいたも笑った。懸念してたよりずっと丸く収まった。この調子なら次があってもいいかもしれないと、心の中だけで思った。 |