月曜日の空きコマは基本暇なので、いつもはクラスの奴らと学食でぐーたらするところを久しぶりにあそこに行ってみようと思い立った。いるメンバーによっては即追い出されかねないがなんとかして粘ってやろうじゃないか。
 よく思い返せば最後に行ったのは七月だから本当に久しぶりだ。腹減りピークの二限が終わり、クラスのメンバーに約束をしてると適当に嘘を言って別れた。三限がないからゆっくり昼飯を食べられるから月曜日も悪くはない。気持ち軽い足取りで歩いていると目的地にはすぐに着いた。第二校舎から部室棟は近いのだ。
 ドアを開けそこにいた人物に声をかける。よかった取りあえず門前払いは避けられた。


「おっす三治郎」
「あ、団蔵。おーす」


 いじっていた何かのメカを机に置いてあいさつを返したのは高校時代からの友人である夢前三治郎だ。変声期をとっくに終えたはずが相変わらず高めの声を発するそいつは一年にしてこのサークルの責任者でもある。
 そう俺が四ヶ月ぶりに訪ねたこの部屋は、絡繰同好会というサークルの部室である。各々がすきなロボットやおもちゃを作る活動をしている、らしい。大会に出ることもあるって聞いたけどよく知らない。入口脇の壁沿いある本棚には、同好会を真面目に行っていますという体裁を取り繕うためエジソンの本が敷き詰められている。でもあれを誰かが読んでるのは見たことない。大体なぜエジソンオンリー。やる気のなさが露呈してますけどいいんですか責任者。って突っ込みは四月にもしたからもう放っておく。サークルなんだし、やることをやっていればメカおたくがほとんど趣味を楽しんでいるだけでも許されるらしい。


「あれ、僕に何か用だった?」
「ん。兵太夫のことなんだけど」


「兵太夫?」三治郎は首を傾げる。こいつは高校のときから兵太夫と仲が良かった。やってることは今と変わらず、あの頃からカラクリが何だの言って二人して作ってた。だから多分、俺には言ってないことでも三治郎になら言ってるだろうと睨んだわけだ。


「あのさ、兵太夫が女子の話してるの聞いたことある?」
「ええ?なにそれ。そりゃああるよー兵ちゃんだって男だよ?てか団蔵だって一緒に話したことあるじゃん」
「あーまあそうだけどさ、俺あいつの浮いた話聞いたことないからさ。実際どうなんかなって」
「あ、でもそれなら」
「ん?」


 特定の子がいるとかはなかったなあ。三治郎がキョトンとした顔で言う。頭を掻く体勢のまま、俺も眉をひそめる。やっぱりなあ、あいつずっとのことすきなままじゃん。なんだよ。兵太夫の恋愛遍歴が真っ白なことに気付いたからか三治郎も途端に興味が湧いたらしい。さっきまで手に持っていた工具を一旦脇に置き、うんうんと頷きながら腕を組む。


「そう言われると兵太夫って、結局のところ女子に対して興味持ってなかったのかも。いっつも聞く側だったし」
「なー」
「よく人の恋バナ聞いて茶化してたよね。団蔵とか」
「あー……」
「そういえば、昔一回すきな人いないの?って聞いたことあるけど、いないって言ってたな」
「やっぱ?」


 しかしの存在すら三治郎に言ってないとは。こりゃきり丸とかに聞いても言ってないな。「団蔵なにか知ってるの?」目を丸くして問う三治郎に、んー…と煮え切らない返事をしてしまう。どう説明したものか。


「実は兵太夫、幼なじみの女子がいるんだよ」
「え、そうなの?」
「おお。同い年でさ、中学までは一緒で」
「へー知らなかった。……え、で、その子が何か関係あるの?」
「あー……なあ、あいつ今日来ないの?」


 ここからは兵太夫に全部話させた方がいい気がする。俺の口から言っても間違えそう。「来るよ。もうすぐかな」三治郎の言葉に重なって、ガチャリと部室のドアが開く音がする。振り返る。おお、ナイスタイミング。


「なんで団蔵がいんだよ」
「いいだろ?俺一応ここの人間だし」
「ここの人間ならあそこにあるゴミ捨てに行ってくれない?そのまま帰っていいから」
「邪魔者扱い!」


 やっぱ即出てけ言われた。わかってたし俺の扱いの酷さも今更だから傷つかないけど、いつからこんな間柄になっちゃったんだかなあ。…あ、駄目だ割と最初の方からだった。
 このサークルは今年設立されたもので、創立者は兵太夫と三治郎だ。ただ立ち上げるだけじゃなく部室も欲しいと言って署名活動のように友人の名前をメンバーに書き連ねたことにより、表向きにはこの絡繰同好会、二十人もいることになっている。だが実際活動しているのは兵太夫と三治郎の二人だけで、俺なんかは名前だけ所属してる十八人の内の一人だ。兵太夫は死んだ蛾を見るような目で俺を睨み、それからそばの長机にカバンを置き定位置であろうパイプ椅子にどかっと座った。視界の隅で三治郎が兵太夫に向いたのが見えた。


「まあまあ。それより兵ちゃん」
「なに?」
「幼なじみいるんだって?どんな子?」
「団蔵死ね」


 ビシッと右手の中指を立てた兵太夫に苦笑いする。いーじゃん教えたって。そう言うと奴はあっさり「まあそうだけど」とその手をしまった。三治郎には優しいんだもんなこいつ。はっきりしてるとこはべつに嫌いじゃないけど。


「名前は?」
。ここの大学だよ」
「へー、今度連れてきてよ。見たい」
「気が向いたらね」


 それからについて兵太夫が話している間俺は杜撰に置かれたサークルの名簿に目を通していた。名前を借りるのは誰でもいい上、この二人は外面だけはいいからそこら辺の女子適当に引っ掛ければあっさり貸してくれるはずなのに、「遊びに来られても面倒だから」と言って縁のあった男友達の名前しか借りなかった。その十八人は俺みたく行く当てがないときはここに時間を潰しに来ているらしい。仲良くない女子は嫌なのに偶然知り合った男友達はいいとか何気にこいつらの世界狭いよな。どっちの意見か知らないけど。
 今なら兵太夫が嫌がったんじゃないかと思ってしまう。よく考えれば本当に、高校以降でこいつの周りに以上に親しくなった女子の影がなかった。

ぐう、と腹が鳴った。そうだ昼飯。あいつらどうするんだろ。顔を上げるも二人はまだの話を続けていた。三治郎は自発的に女子の話をする兵太夫が珍しいからか、何度も見たい見たいと言って楽しそうだ。なら手っ取り早くを絡繰同好会に入れればいいんじゃね?蚊帳の外になった俺は人知れずひらめいていた。


「……で、今僕ん家に居候してるんだよね」
「へ?」


 あ、三治郎の目が点になった。




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