「おい、そこに正座」
「わあ」


 ソファに座り待ち構えていた僕はが部屋のドアを開けるなり即座に自分の足元を指差した。空気を察したのかそそくさと歩み寄りおとなしく正座する彼女。まだ乾かしていない髪を肩に掛けたバスタオルでわさわさと拭きながら居心地の悪そうな顔をしている。例えるなら、いたずらが見つかった子供みたいな。この状況に自覚があるだけましかと思ってしまった毒され具合が恨めしい。


「理由聞いたぞ」
「はい」


 の母は電話に出るとすぐに事の経緯を話してくれた。文字通り事細かに説明してくれたが、要約して二十五字以内にまとめると、は弟の受験勉強のため家を飛び出してきた、と言うことだった。家庭内の喧嘩か、と思えばそうではなく、こいつは出てけなんて言われてもいないのに突然、家からいなくなると言って出て行ったらしい。とはいえ、さすが母親なだけあって娘がどこに居候するか大体の見当はついていたらしく、「やっぱり兵太夫くん家だったわ」と笑っていた。呆れて物も言えない。この娘にこの親あり。はああと今日一大きい溜め息をついた。


「理由がくだらなすぎるんだよ」
「お母さん何て言ってた?」
「……よければうちの子よろしくって」
「だよねーお母さん笹山大好きだからね!絶対の信頼寄せてるんだよ」
「前から知ってたけど。ああ自分の娘よりも信頼してるなってすごい伝わった」
「てことでよろしくお願いします」
「……」


 生活費のことはの母親が工面してくれると言っていた。弟の受験が終わるまでとは言わず、の気が済むまででいいから住ませてやってくれとも言われた(確かには飽き性だ)。大げさにソファにもたれかかる。大学を終えた金曜の夜ということもあり、いよいよ考えるのが面倒臭くなってきた。もういいや、なるようになるだろ。「いいよ」投げやりに返すとはとても嬉しそうに笑った。………。


「他の荷物は明日のお昼に届く予定です」
「準備いいな。僕にもし彼女いたらどうしてたのさ」
「笹山に彼女とかあー」
「ほんと腹立つ女だな」
「どーどー」
「馬かよ」


 そのあと「長旅に疲れた」と言うからソファを貸してやった。そのまま横になって寝ようとしたので掛け布団を持ってきてあげる僕。ほんと優しい。




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