「うまい。笹山料理うまいね」
「まあね」


 向かい合わせのがシチューを頬張る。数分前の自分に今の状況が想像つくわけもなく、客人用に用意してあったスープマグを眺めながら僕は何度目かの溜め息をついた。まったく意味がわからない。意味がわからないまま僕はこの幼なじみを家に泊めるのか。ありえない。


「で、なんで家出なんてしたの」
「それは言えない」
「なんでだよ」
「追い出されるから」
「そんな理由なのかよ」
「たぶん」


 また溜め息をつく。昔からは意味不明な奴だったが、この三年間で更に磨きがかかった気がする。何を考えてるのか見当もつかない。短い言葉しか返してこないのはこいつの優先事項が僕との会話より腹を満たす方が上であるからだ。腹立たしいことこの上ないが、解決策を探すのも面倒なので僕も先に夜ご飯を食べてしまうことにした。スプーンですくい、一口頬張る。うん、おいしい。

 腹が満たされたあとのはソファに座り、黒いカバーで覆ったクッションを抱きかかえていた。僕が聞かなきゃ何も説明しようとしない。ほんとどうにかしてほしい。なんだか僕も面倒臭くなってきた。こいつのためにあれそれ考えるのが馬鹿馬鹿しい。とりあえず自分が納得したいがために、ソファの前に立ってを見下ろした。


「とりあえずおまえん家に連絡するから」


 こいつのわがままに目を瞑り、存在を消すとして、これだけはしておかなければならなかった。いくら昔なじみの家だからといってここは僕以外誰も住んでないし、はっきり言って二人っきりだ。家出の理由がなんであれこいつの両親が心配しないわけがない。というかそもそも、こいつが僕の家に来てることは知ってるのだろうか。黒いクッションを抱きかかえる腕に力を込め、はジトリと僕を見上げる。


「べつにいいけど」
「あっそ」
「でも今日は泊まる」
「……いいよべつに。お風呂沸いてるから先入れば」
「ほんと?ありがとう」


 現金なは目を輝かせると、持ってきたキャリーバッグを開けて漁り出した。外国に行くのかってくらい大きなそれには一体何日分の着替えが入っているのだろう。女は荷物が多いもんだって姉が言ってたことがあるから、それでもきっと大した日数分もないんだろう。
 携帯の電話帳を開いて、長らく使ってなかったその番号を選ぶ。何て言われるんだろう。いや、僕が怒られる筋合いないけど。を見る限り奴が非行に走って勘当されたということではないだろう。あいつは馬鹿だけど、そういう分別はあるはずだ。幼なじみの家にずかずか上がりこんで来る常識なしだけど。コール音の届く右耳。後ろでは「お先しつれいー」と、のん気ながリビングを出て行った。




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