僕とは幼なじみだった。いや、だったって表現はおかしい。幼なじみはやめられない。僕がどれだけ願ったって、僕とは幼なじみであり続けるのだ。


 家が極端に近いわけではなかったが、親同士が同じ職場で働いていたから保育園から一緒だった。同じ時間に迎えに来て、同じ方角に帰る。小学生になると歩いて五分の距離にあるの家は僕の通学路になり、毎朝チャイムを鳴らした。クラスが違くても、休みの日の連絡帳を届けるのはずっと僕だった。
 中学では反対にの通学路に僕の家があったけれど、一緒に行ったのは中一の最初の数ヶ月だけだったと思う。どうして行かなくなったんだっけ。クラスが違ったからだっけ。記憶が曖昧だ。一緒に学校に行く習慣はあっさりなくなっても、ときどき教科書を貸したり宿題を写させたりと面倒を見ることは多かった。しかしそれも日を追うにつれて減っていき、三年の受験シーズンに入る頃には顔も合わせなくなっていた。そしてそのまま卒業。式のあと久々に家族ぐるみで食事をしたとき、お互いの行く学校が正反対の位置にあることがわかって、もう会わないかもね、とか話したのを覚えている。それは正しくて、以来本当に、の顔は見なかった。唯一、毎年年賀状を出していた。本当にそれだけだった。

 そのがいきなり訪ねてきて「住ませてください」なんて、一体どういうことだ。ていうか住むって何。


「……おまえよくここってわかったな」
「お姉さんに教えてもらった」
「ああ……じゃあどうやってここまで来た。おまえの家から結構あるだろ」
「電車しかないでしょ、定期券内でよかった。ていうかそんなのはどうだっていいんだって。住ませてください」
「意味わかんないんだよ。なんでそうなるんだ」
「家出して住む場所ないの」
「だから、なんで家出したんだよ」
「……」
「答えられないのかよ」
「……笹山って」


 瞬時に、僕の脳裏に「冷たいよね」というの声がよぎった。いつの日かに言われた言葉だった。そのとき僕がこいつに何をしたかは覚えていないが、当時心臓が抉られる感覚に襲われたのは覚えてる。また言われるのか。顔には出さず身構えた。


「彼女いるの」
「………は?」
「彼女いるんだったら、住むわけにはいかないし。他当たる」
「(何故ここに来て低姿勢……てか他に当てあるのかよ男かよ行かせるか)……いないよ。しょうがないな、今晩は泊めてあげる。でも明日は帰れよ」
「まあ今のところはそれで」
「なんで上から目線なんだよ」


 言いながらドアを大きく開けてやるとは肩をすくめてへへっと笑った。昔からいろんな風に笑う奴だった。言いたいことは一旦飲み込み、代わりに溜め息を吐く。しょうがないからシチューをご馳走してやろう。玄関でブーツのファスナーを下ろすを横目にワンルームのリビングへ足を向けた。


 そう昔から。僕がどれだけ傷つき、虚しい気分になろうとも、おまえの笑顔は変わらず、ずっと忘れられなくて、

 今目の前にいるというのか。

 幼なじみはやめられない。僕がどれだけ恨んでも、僕とは幼なじみのままだった。




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