こんなにはっきり目覚めたのはいつぶりだろう。目の前には薄暗い天井が広がっていた。団蔵の家の匂いがする。床に敷かれた布団から起き上がり、そばに置いてあったカバンから携帯を取り出す。画面をつけると待ち受けの三治郎と製作したメカの写真と共に28%となった充電の残量と05:24の時刻が表示された。

 帰ろう、と逡巡することなく思い立った。カーテンの隙間から外の日差しが差し込んでいた。もう夜は明けている。土曜の今日は特にやることがないのが救いだった。


「帰んの?」


 振り向くと自分のベッドに寝ていた団蔵がこちらに寝返りを打っていた。眠そうな目をこすりなんとか開けていようと努めているのが暗がりでもうかがえた。「うん。鍵開けっぱでいいなら起きなくていいよ」「おー…」開けっぱでいいって意味だろうか。聞き返すのは面倒なので何も言わず布団を畳んだ。

 寝室のドアを開け、振り返る。清八さんのベッドは空だったのでおそらく仕事だろう。その反対側の壁際に設置されたベッドでもぞもぞと寝返りを打った団蔵に声をかける。「なあ」


「んー…?」
「ありがと」


 慣れない感謝を口にすると、団蔵はへへっと小さく笑ったあと、何もしてねーよ、と言った。


 昨日の夜、あのあとすぐに水の入ったコップを持って戻って来た団蔵が珍しく気を利かせ僕に今日はうちに泊まれと言い、には僕の家に帰るよう伝えた。は(どう見ても大丈夫そうじゃないグズる)僕を見て一瞬渋ったが、不承不承と了解して帰って行った。さすがにこの時間ではあいつもまだ寝てるはずだ。思いながら、ゆっくりと鍵を開け自分ん家のドアを開いた。

 廊下もリビングも電気はついていない。団蔵の家と同じように閉め切ったカーテンの隙間からかろうじて光が漏れているだけだった。靴を脱ぎ、なるべく足音を立てないよう一日ぶりの自室へ踏み入れる。
 団蔵の家と違いワンルームなので僕の居住空間とのそれは丸かぶりだ。ベッドに行くにしてもソファに寝るの姿を見ないわけにはいかなかった。カバンを肩から外しそちらを見遣ると、は背もたれに向いて眠っているようだった。もう自分の中に情けなさはなかった。

 自分でも驚くほど静かな心での背中を見つめる。


「なあおまえ。家帰れよ」


 トンと落ちた声も随分穏やかだった。

 反応のないに頭を掻き、とりあえずお風呂に入ろうとクローゼットへ踵を返した。背後でもぞりと布擦れの音を耳にする。


「だめなの?」


 振り返る。起き上がり、寝癖のひどい頭のまま僕を見る目と合った。その表情ははっきりと捉えられないけれど、ショックを受けてるでもなく淡々としたそれだった。視線を逸らすことなく、口を開く。


「だめ。が僕のこと名前で呼ぶなら、家には置いとけない」


 じんわりと、彼女の表情が緩む。甘いお菓子を食べたみたいにとろけた笑顔だった。それが本当に嬉しそうなものだったから、僕も目を細めて笑った。




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