「高校別方向だね」 「そうだね」 「もう会うことないかなあ」 「ないかもね」 「疎遠になったら名前で呼べないね」 「なんで?」 「呼べないよ、だって遠いもん」 「……よくわかんないけど、すきにすれば」 「うん。わたし、立派な高校生になるよ」 の荷物はキャリーケースと抱えて持てるダンボール一箱分だけで済んだ。姉の言うことはこいつには当てはまらないらしく、割とコンパクトに収まった彼女の居候道具は午後三時、無事に宅配業者へと受け渡した。玄関口で集荷のお兄さんが失礼しましたと、台車に乗せた荷物と共にあいさつをし去って行くのを二人で見送った。の荷物はショルダーバッグだけになった。 「じゃあ持ち主も帰るね」 パタンとしまったドアの音を聞くなりがそう切り出した。集荷が来たら帰ると、朝ごはんを食べる段階で決めていた。こじんまりした手荷物を肩に掛け、ブーツに足を通す。ガチャリと再度ドアが開かれた。あとに続き自分もサンダルに足を突っ掛ける。 共用廊下に出る。振り返ったは秋晴れの空に似合いの笑みを浮かべていた。僕はドアを押さえるように寄りかかりながら、ぼんやりとそれを見ていた。 「ねえ、また来ていい?」 「すきなときに来ていいよ。でも連絡はしろ」 「うん、そのつもり」 あと大学で一緒にご飯食べようね、と笑顔のまま約束を取り付けるにいいよと返す。彼女の可愛いわがままに全部応えるのはまるで小学生以来じゃないだろうか。懐かしい感覚に胸をむず痒くさせながら、それでも心地が良かった。 もう簡単に、届く距離だった。右手を伸ばし、彼女の左側の後れ毛に触れた。人差し指を通し、下へと梳く。こないだほどじゃないけれど、痛んでるなと思った。は僕の指を甘んじて受け入れながら、目の前の僕をじっと見つめていた。 「そういえば兵太夫、具合は大丈夫なの?」 「……。大丈夫」 何を言いだすかと思えば。思わず苦い顔をしてしまう。変なこと思い出しやがって。 「早く忘れろよ」 「なんで?」 「わかるだろ。おまえにあんなとこ見られたくなかった」 「わたし兵太夫に吐いてるとこ見られても恥ずかしくないよ」 「恥じろよ。僕も見たくないわ」 があはっと軽快に笑った。忘れる気がないことを察してさらに眉間に皺が寄る。クソ、ほんと最悪だ。どうせ言っても聞かない。聞いたところで人の記憶がそう簡単に消えるわけじゃない。わかってるから余計悔やまれる。昨日の醜態を思い出して無意識に顎を引いた。目を細めてとろけそうな笑みを浮かべるを上目遣いに見上げる。が一歩近づく。 「兵太夫だいすき」 ふわっと、首に両腕を回して抱きつかれた。あまりの唐突さに身体は何の反応もできなかった。思考も一瞬停止して、すぐに再起動する。温かい彼女の体温が密着する服越しに伝わってくる。ドッと跳ね上がる動悸とはうらはらに、僕の頭は存外穏やかで、瞬きを一つ、ゆっくり息を吐き出した。固まっていた腕をそっと動かす。 バカ、こんなとこでいちゃついてみろ。誰かに見られたら住みにくくなるのは僕の方だ。ただでさえこの一週間、女を連れ込んで住まわせてたの相当怪しかったんだから。こんなバカップルみたいなこと、僕の本意じゃない。おまえのわがままじゃなければ絶対やらない。 ああほんとうに、おまえは、めいわくな、ぼくの 。 |