この話題に関して兵太夫から死ねとまで言われた俺ですが、あっさり手を引くわけにはいかないのが友達なわけで。気持ち的には八方塞がりの兵太夫の救助を目論んでいるのだがしかしどうしたものか、に直接「兵太夫のことすき?」とか聞いた日には、俺、死ぬだろう。兵太夫によって。残念ながらキューピッドが勤まる自信はないのでこのお節介の気持ちを持て余している次第である。 何より兵太夫が諦めた目をしてるのがほっとけなくて、どうしたら二人が昔みたいに(それこそ小学生の頃みたいに)仲良くなってくれるのか考えてしまう。そりゃあ人間は成長するんだから変わったって当然だ。でもあの二人の場合、表面上はそのままなのに心の距離がガバッと開いたような、もう二度とこれ以上近づけないような圧倒的な隔たりができてしまったように見える。それで、兵太夫は諦めてる。 とにもかくにも、兵太夫に探りを入れても何も答えてくれないのは検証済みなので別の手段を考える必要がある。にはタイミングを見計らって話しかけるとして、本人たち以外で二人のことをよく知ってる人間といえば……俺だ。 「やだ、団蔵?」 名前を呼ばれパッと顔を向ける。俺は今、大学も終わり正門を目指して歩いているところだった。腕組みをして俯むき気味だったのは自覚なかった。五メートルほど離れた門のそばに立っていた大人びた女の人は俺と目が会うなり、明るい髪色のポニーテールを揺らして駆け寄ってきた。目をパチパチと瞬かせる。 「ユキ……ちゃん?」 「はあ?なに?忘れたなんて言わせないわよ」 この凶悪さ、ユキちゃんだ!うおわあとオーバーなリアクションを取って驚くと彼女は一層表情を険しくして腰に手を当てフンと鼻を鳴らした。中学のときから怖い先輩だと思ってたけど、化粧をバッチリして目力のある今のユキちゃんと比べると記憶の中のこの人が可愛く思えてくる。完全に引きつった笑顔を浮かべ、苦し紛れに目下の疑問を投げかける俺。これが噂の、蛇に睨まれたカエルの気分ってやつだ。 「ど、どうしてここにいんの?」 「トモミちゃんと会う約束してるの。ここから近いコンセプトバーに行こうって」 「へえ……え?トモミちゃん?」 「は?あんたまさか、トモミちゃんの大学ここって知らなかったの?もう十一月にもなって?」 「まーさかー」 知らなかった。まさかあのトモミちゃんがうちにいるとは、うわ、信じたくねえー……。ふうん?と疑るような目つきで見てくるユキちゃんがこのことをトモミちゃんにチクれば俺は明日確実に死ぬだろう。何せ中学の時点でプロレス技をいくつもマスターしていた彼女だ。ことあるごとに後輩である俺らにパワハラをしかけてきた彼女の凶暴性はユキちゃんと並ぶ。 「ああでも、会わないものよね」 背中に冷や汗をだらだらかいていた俺とは正反対に、ユキちゃんは表情をスッと澄ました。その雰囲気の変化に俺はまたもや目を瞬かせる。……ん?首を傾げると、彼女は随分と意味深な目つきで俺を見遣った。 「も、兵太夫と一回も会わないって嘆いてたわ」 「……え、」 そういえば、が居候を始める以前に兵太夫の口からと大学が同じという話は聞いたことがなかった。つまり、兵太夫は知らなかったのだ。の方は知ってて、でも会うことは一回もなかったのか。あ、ていうかユキちゃんって確か、と高校一緒だったんだよな。中学のときも仲良くしてたのは覚えてる。「なあユキちゃん、今、兵太夫の家に居候してんだぜ」とんでもない暴露話のつもりで言ったのだが、ユキちゃんはそれには大したリアクションもせず、さらりと「知ってるわよ」とのたまった。あれ。あ、から聞いてたのか?なんだ。 「それけしかけたの、わたしだもの」 「おええ?!」 素でオーバーリアクションをしてしまった。「まさか本当に実行するとは思わなかったけどねー」なんとも軽いノリで言いのけるユキちゃんに言葉が出ない。口をあんぐりと開け呆然とし、ハッと我に返った俺は一度大きく深呼吸をしてからキッと見据えた。 「ユキちゃん!無責任なこと言うなよ!あれで兵太夫……」 「兵太夫のことなんて知らないわよ」 「ユキさん俺らにもう少し優しくして」 反撃失敗。むしろ更なるカウンターでKOである。俺の睨みなんて痛くもかゆくもないと言うように華麗にいなした彼女は、それからじっと俺を見た。睨んではいない。ストンと落ち着いた声だった。 「、兵太夫のこと大好きだったでしょう」 「は?!そうなの?!」 「あ、そういう意味じゃなくて。べったりだったでしょ」 んん?思わず首を傾げる。一瞬ユキちゃんが言った主語と目的語が逆かと思ったが、そうではないらしい。加えてが兵太夫にべったりだったと言うではないか。しかしそれに頷くための根拠となる記憶は、結構深くまで掘り返さないと出てこなかった。べったりといえるほど仲良かったのはいつまでだったろうか。かろうじて中二くらいまでじゃないか?…あ、そっかこの人は一つ上だから卒業してるのか。 「ユキちゃん知らないかもだけど、あの二人三年の頃にはもうほとんどしゃべってなかったよ」 正直にそう返すと、今度はユキちゃんの顔がギクッと引きつった。わかりやすいリアクションにまた首を傾げてしまう。すると彼女は気まずそうにそっぽを向いたと思ったら、何かもごもごと口を動かした。「え?なに?」よく聞こうと一歩踏み出す。 「だから、ちょっと責任感じてんのよ」 「は?」 我ながら間抜けな声だったと思う。おそらく俺以上に間抜けだと感じて癇に障ったのだろう、ユキちゃんはキッと俺を睨みつけた。ここにきて最高に威力のある睨みである。 「だから……中学のとき、いい加減兵太夫離れした方がいいんじゃないって、わたしが言ったのよ!」 |