「あれ、ちゃん?」


彼女たちを目にした瞬間、わたしは思わずヒュッと息を飲んだ。


他のゲートに立つ係員に確認したところIDを見た人は他にいなかった。今日これをつけてるのはわたしたちを入れて五人で間違いないようだ。よし、探そう!気合いを入れ直したわたしたちはそれから一時間ほど、ゲート前の開けた場所でポツンと立っていたのだった。
これは紅子ちゃんの立案した作戦である。下手に動き回るより、出て行く恐れのあるゲート付近で待ち伏せていた方が確実だとのことだった。なるほど確かに、と納得したわたしはそれに乗っかり、帰るお客さんがよく見える場所を確保してせわしなく目を動かしていた。とはいってもこんないい時間に帰る人はそうそうおらず、わたしはやや集中力を切らしながら代わる代わる人の動きを追っていた。ちなみにもう一つのエリア外になる危険のあるスーパースネークについては、一人が30分おきに並ぶ人の列を確認しに行くことにしていた。先ほど紅子ちゃんが二度目の確認をして戻ってきたところである。
高校生くらいの女の子はそこらじゅうに見えるけど、探してる容姿に合致する人はなかなか見当たらなかった。とはいってもアバウトな情報だし、頭の回転も速くないわたしがパッと見つけてパッと情報と照らし合わせられてるかと聞かれたら自信はないけども。でも夏だから割とみんな腕を出してるし、IDをつけてるかどうかでも簡単に判別できるのだ。自分のそれで時刻を確認する。もう3時だ。お客さんも今が一番多い時間帯なんじゃないかな。


「いないね」
「そうね。もっとアトラクションの多いエリアにいるのかもしれないわね」
「うーん…」

「…あれ?」


そして冒頭に戻る。

わたしの名前を呼んだのはなんと、蘭ちゃんだったのだ。両脇には和葉ちゃんと知らない茶髪の女の子が並んで歩いてきている。わたしは目の前の光景が信じられなくて、彼女の呼びかけに反応することができなかった。ポニーテールで黄緑色のノースリーブを着た和葉ちゃん、黒のロングヘアで白いジャケットを羽織ってる蘭ちゃん、茶髪のおかっぱにオレンジ色のキャミソールの女の子。そして左腕には揃って、わたしたちと同じIDをつけていた。
いよいよ顔が真っ青になっていくのがわかる。よりによって、他の人質が友達だったのだ。心臓はバクバクと嫌な音を立てている。汗もぶわっと吹き出たと思う。口をパクパクさせ、停止した思考に打つ手なしと放心していると、蘭ちゃんと和葉ちゃんが不思議そうに首を傾げたのが、焦点の合わない視界の中でわかった。目の前で三人が立ち止まる。


ちゃん、やんな?どないしたん?」
「……あ…う、ん…」
「顔色悪いよ?熱中症かも」
「いや、大丈夫だよ…」
「ねえ蘭、この子たち誰?」


茶髪の女の子が蘭ちゃんたちに問うた辺りで脳が再稼動してきた。近くで見ても間違いない、同じIDだった。


ちゃん。前にちょっと事件に巻き込まれたとき知り合ったの」
「何やっけ、江古田高校?の子で、同い年なんよねー」
「うん、」
「へー江古田の!じゃあそっちの子も?」
「…あ、はい。小泉紅子ちゃんはわたしのクラスメイトで、親友です」


答えると、ずっと隣で彼女たちを訝しげに見ていた紅子ちゃんは「どうも」と短く挨拶をした。こんな状況じゃなければもっと詳しく紹介したかった。べっぴんさんやねと褒める和葉ちゃん、蘭ちゃん、女の子の順で自己紹介をしてもらう。茶髪の子は蘭ちゃんの親友で、鈴木園子ちゃんというらしい。それからどうしたものか、と内心焦るわたしを余所に、鋭い蘭ちゃんはあれ、とわたしたちの腕に目を向けた。


ちゃんたちもID持ってるんだね」
「う、うん。白馬くんの仕事で、依頼人に…」
「へー、あたしらと同じやんなあ」
「そうだね」
「ほんと太っ腹な依頼人よねー。これ相当するわよ?」


……。一縷の望みとして、事件の依頼とは関係なしにIDを発行してもらったVIPという可能性は消え去った。「でも園子、ここに来るときはいつもこれなんでしょ?」「まあねー。レッドキャッスルホテルはパパが建てたようなものだから。正真正銘のVIPよー」……あれ?ふと、あることに気が付いた。彼女たちの様子が、わたしたちと違って随分気楽そうなのだ。紅子ちゃんもそれに気付いたらしく、わたしに耳打ちをした。


「知らないんじゃない?この子たち…」
「だよね…」


この様子だとIDに爆弾が組み込まれてることとか、外に出たら爆発することとか知らなそうだ。だって知ってたら、わたしたちみたいに不安になってるだろうし、今みたいにむやみにゲートに近付いたりしない。ここはまだ赤のランプが点滅しない場所だけど、目に見える距離にゲートがあるのだ。うっかり通ったら、どうなっちゃうか、わからない。


「せっかくやし、五人で遊ばへん?あたしらなんだかんだ全然乗り物乗ってへんし!」
「う、うん!そうしよ!」


和葉ちゃんのお誘いに乗っからせてもらう。そうした方がいいよね?と目で問えば紅子ちゃんも無言のまま頷いた。とにかく、この三人から目を離さないようにしないと。うっかり外に出ないように。


ちゃんたち何乗りたい?あ、スーパースネークはもう乗った?」
「え゛?!」
「…、さっき乗ったのってスーパースネークよね?」
「えっあっうん!そうそうめっちゃ並んだ!」
「そっか、じゃあ他のにしよっか」


蘭ちゃんの提案にはブンブンと頷く。あ、危なかったいい言い訳まったく思いつかなかった。紅子ちゃんのアシストがなければ下手したらスーパースネークに並ぶことになってたよ、紅子ちゃんありがとう…!歩き出した三人の後ろで拝むと、紅子ちゃんはどういたしましてと肩をすくめた。知ってたけど紅子ちゃんって頭の回転速いよなあ!
こうして、他の人質を探すという目下の問題を解決したわたしは、ようやく胸をなでおろすことができたのだった。

三人の目的地はもう一つの絶叫系アトラクションらしい。パンフレットを囲んでわいわい話しているのを見ながら、ふと、この三人は誰に誘われて来たんだろう、と思った。和葉ちゃんはわかるけど、蘭ちゃんたちは?


「ひったくりだー!」


遠くから大きな声が耳に響く。咄嗟に振り返ると、すぐ横を男の人が駆け抜けた。


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