携帯を元の場所へしまったタイミングで、部屋の外から足音と話し声が聞こえてきた。ドアは入ったときから開け放しており、それらの音はすぐ耳に届いた。サークルの人だろうか、それなら話を聞きたい。思って入り口の方に身体を向けたのは工藤くんも同じだったようだ。
思った通り、気配は犯罪研究会の部員だった。青のポロシャツを着た男性と髪を肩より上の長さで切りそろえた女性の二人組。何年生かはわからないが、僕らより歳上なのは間違いないのでわかりやすい。案の定彼らは部室にいた僕らの存在を目で捉えるなり、不思議そうな表情を浮かべた。


「あれ、君たち…何か用かい?」
「僕たち、来年この大学を受験するつもりで、ちょっと見学をさせてもらっているんです」


答えたのは工藤くんだった。愛想よく嘘八百な台詞を事実のようにペラペラと述べる彼に思わず瞠目してしまう。こちら側から見ても見事だと思わせるその演技力はもちろん大学生相手にも通じ、二人とも彼の理由に納得の色を示した。「じゃあ、入学したら是非うちのクラブに入ってね!」「ええ、そうさせてもらいます」女子大生とのやりとりを難なくこなしてみせる工藤くんに新たな一面を発見した心持ちになる。とりあえず、追い出される事態にはならずに済んだので良しとしよう。スムーズに話を聞ける雰囲気になったのもありがたかった。一歩踏み出し、彼らに問いかける。


「一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ええ、何かしら?」
「あちらに並んでいるのは歴代の部長の顔写真か何かでしょうか?」


視線を動かし先ほど見ていた額縁の並びに目をやる。校長室や他の場所でもよく見る光景だ。想像には難くない。「ええ、そうよ。左から順にね」よどみなく返された答えに、では、と続ける。


「なぜ三代目の写真を外したのでしょうか?」


途端、大学生二人の顔が曇った。やはり何か訳ありのようだ。
先ほど、左から三つ目の額縁を外した痕跡に気付き違和感を覚えた。一番右の写真の隣に二つの止め金具がついていること、三つ目の額縁の脇から少しずつ日焼けしていない壁が見えていること。これらを踏まえれば、元あった額縁が外され、後ろの額縁を一つずつずらしたということはすぐにわかった。
二人はお互い顔を見合わせ、僕の問いに対する答えを言うか否かをためらっているようだった。ややあって向き直った二人の表情は依然晴れていない。


「…除名処分になったんだ。三代目の伊東さんは」


男性の言葉に眉をひそめる。除名処分とは穏やかじゃない。調べたら依頼人の言う事件と関係が出てくるだろうか?


「あー…イトウジロウさんでしたっけ」


は?顎に手を当て思い出すようなそぶりをし始めた工藤くん。知り合い、なわけないか。ハッタリをかましている。


「いや、伊東末彦さんだけど…知ってるの?」
「はい。確か、この人ですよね?」


工藤くんはそう言いながらコルクボードに歩み寄り、L判の集合写真に写る長髪の男性を指差した。…ああ、わかった。彼の意図を理解した僕は顔に出さず見守ることにした。


「違うわ。この人よ」


女子大生の彼女が指差したのはそのお隣り、最前列のセンターに座る、黒髪にメガネをかけた男性だった。これで怪しまれず、除名処分になった男性のフルネームと容貌を知ることができた。下手に警戒されたくない立場として、工藤くんの取った手段は確かに有効であるといえた。


「あれ?そうでしたか。僕の知ってるイトウさんとは別人みたいですね。すみません」


「……」しかし、いけしゃあしゃあと述べる彼にはある意味感嘆してしまう。工藤くんは意外と演技派らしい。


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