「それより白馬、もう一つのヒント、解けてっか?」
「…ええ、半分は」


銀行の自動ドアをくぐろうとする僕を遮るように声をかけた工藤くんに足を止め、入口脇に避ける。彼の言う通りレッドキャッスルを出る前に教えられたヒントは二つあった。一つ目は夜のカフェテラス。二つ目は「YOU CRY おまえは泣く」。おそらくこちらも場所を示しているのだろう。前半部分はすぐにわかったが、しかし後半が何を指しているのかは、まだわかっていなかった。


「YOUはYokohama Ocean University…つまり横浜海洋大学の略称だと思うんですが、残るCRYが…」
「じゃあとりあえず行ってみようぜ。ヒントなら間違いないねーだろ」
「え?しかしまず銀行に聞き込みをした方が、」
「まだ解決してほしい事件がこれとは決まってねーだろ。もう1時半だ。ヒントの場所を先に潰した方がいい。ここの聞き込みなら電話でもできるしよ」


それは確かにそうだが。効率で考えたらこの場で聞き込みをした方が得策ではないだろうか。…しかし工藤くんの言う通り、まだ現金輸送車襲撃事件が本題とも限らない。早合点は逆に時間を浪費してしまいかねない、か。わかったと同意し、車を待たせている通りへ戻ることを決めた。

というか、彼は二つ目のヒントを解けていなかったのか?東の代表と名指されるくらいだからそれなりの推理力を持っていると思っていたのだが。それにしては僕に答えを促していた。もしわかっているのだとしたら……。


(……誘導?)


ふと思いついた可能性に自分で驚く。さすがにそれはないだろう。そもそも誘導なんてできるはずも、する必要性もない。彼が僕以上の情報を持ち、違った視点で物事を見ているなら別だが。現在彼と僕は、目的も立たされている状況も合致しているのだ。


「お、白馬ん家の車ってあれか?」「……」邪気のなさそうな声音の彼に対し、僕は二度目の疑念を抱いていた。





横浜海洋大学は横浜郊外にある大学だ。馬車道からは少し距離があり、着く頃には14時半を回っていた。夏季休暇中とはいえ学生の姿は多く見られ、彼らは一様に目の前の校舎へ向かって歩いて行っている。土曜授業というものだろうか。それかサークル活動かもしれない。特に幼顔ではないと自覚している通り、堂々と歩いていれば大学生に混じっても浮くことはなかった。
僕らは門のそばにある受付で入学案内のパンフレットを一部ずつもらったあと、キャンパス内の掲示板の前で立ち止まっていた。CRYが何なのか知るため、掲示物と冊子を手掛かりにしているのだ。冊子の表紙には大学校舎の写真と、上部には青空を背景にYOUと白字で大きく印字されていた。


「…横浜犯罪研究会…Crime Reseach of Yokohama」
「! それだ!」


工藤くんが見つけた記事によると、その名の通り犯罪に関する研究をしているサークルらしい。部室は西館の一階。行ってみようとの声にすぐさま工藤くんも頷いた。

横浜海洋大学の第一校舎は横長に伸び、入り口側にうっすらとカーブを描く造りになっている。カーブ外側である校舎裏には東西両端に別棟が一つずつあり、犯罪研究会は西側の一階にあるらしかった。渡り廊下から別棟へ向かうと廊下に面したいくつものグリーンのドアが見える。そこに貼られたプレートを一つ一つ見ていくと、個性的な名前のサークルの存在を確認することができた。プレートのデザインも千差万別で、サークル活動が盛んなことがうかがえる。
横浜犯罪研究会のそれは至ってシンプルだった。ブラッシュド加工されたメタルのプレートに、飾り気もなくゴシック体でサークル名が記されている。漢字表記の上には小さく、「CRIME RESEACH OF YOKOHAMA」とある。頭文字のC、R、Yだけご丁寧に太字になっており、ヒントの示す答えであることを確信させた。
ノックをしてみるが返事はない。ダメ元で銀のドアノブをひねったところあっさり開き、室内を覗くと部屋は暗く電気は点いていなかった。どうやら無人のようだ。少々無礼だがこちらも時間に余裕はない。誰もいなくとも得られる情報はあるだろうと思い、僕らは勝手ながら入室することを決めた。入り口脇のスイッチを入れ照明を点ける。それによって室内の全貌が眼前に広がった。


「これは…」
「なかなか本格的だなー」


あとに続いて入室した工藤くんも部屋を見渡し感嘆の声をあげる。それはもっともで、さして広くはない部室にはロッカーに収められた事件に関する大量のファイルを始め、テーブルに広げられた資料や黒板に貼られた関東周辺の大きな地図など、その名の通りの活動に使えそうなものが所狭しと並んでいた。想像していたより随分と本格的なサークルのようだ。認識を改め、辺りをじっくりと見回す。天井付近の壁を見上げると、額縁に飾られた写真が目についた。男や女の顔写真が十枚近く並べて掛けられている。「……?」不自然な点に気付くもその答えをもたらしてくれる人間は今ここにはいない。しかし、と目を背後に向ける。個人のものはないが、テーブルの上の散乱具合は人の気配を感じさせた。鍵が施錠されていなかったことからも、今日ここに来た人がいるとみて間違いない。十中八九、サークルの人間だろう。


「そのうち誰か戻ってきそうですね。……工藤くん?どうしたんだい?」


隣にいた彼は壁の方をじっと見つめていた。僕の問いかけに応じ視線をこちらに寄越し、また元に戻す。暗にそちらを見ろとのことだろうと、僕も彼と同じものを覗き込んだ。


「…サークルメンバーのスナップ写真ですか」
「ああ。撮っといた方がいいんじゃねーかと思ってよ」
「そうですね」


頷き、ポケットから自分の携帯を取り出す。彼が見ていたのはコルクボードに貼られたいくつもの写真だった。その全てにさまざまな人間が写っている。一番目立つ中央の位置に貼られたL判の写真が「CRY第三回夏期勉強会」と書いてある横断幕と一緒に写る集合写真なところを見ると、幾代かの写真が混ざって貼られているらしかった。ちらっとさっきまで見ていた額縁を見上げ、それから全ての写真が入るようカメラを引き気味に、シャッターボタンをタップした。


(5/17)