白馬くんからの話を全部聞き終えたわたしは、口をあんぐりと開けていたらしい。

最初に白馬くんから電話が掛かってきたとき、わたしと紅子ちゃんはゲートをくぐってしばらく歩いたところで立ち止まって、パンフレットを覗き込んでいた。おとなしくしててとのことだったので、事情はわからないながらも近くのベンチに座って白馬くんからの連絡を待った。15分ほど経ったあとに彼からのリダイヤルが来て、紅子ちゃんにも聞かせたいからとスピーカーにするよう言われた。指示通り携帯の画面を操作して紅子ちゃんと自分の間に携帯を持ってくる。そして、深刻な声の彼から現状を聞かされたのだった。


「ばくだん…」


思わず左腕につけたIDに目を落とす。わたしの不安を他所に、小窓はしれっと11:10の数字を示している。これが爆弾だなんて、言われても全然現実味ないよ。隣で行儀よく膝をそろえて座る紅子ちゃんもさすがに動揺してるようで、顔をしかめている。


『…巻き込んでしまってすみません。すぐに解決するので、お二人は園内で待っていてください』
「あ、うん、だいじょうぶ…白馬くんは悪くないよ」
「そのセンサー、園外に出たら反応するのよね?」
『ええ、そうのようです』
「ならあのジェットコースターは駄目ね」
「…あっそっか!」


紅子ちゃんの意味深な視線で合点が行く。スーパースネークはミラクルランドの外、海に大きく出るレールが敷かれているのだ。園内の遊具とはいえ、敷地自体を逸脱するそれに乗ったら大変なことになる。楽しみにしてたんだけどなあ、と肩を落としそうになったけど、そんな悠長なことは言ってられない。


『紅子さんの言う通り、スーパースネークには絶対に乗らないでください。それ以外でしたら大丈夫だと思います。確認したところ、園外を出るアトラクションはそれのみのようなので』
「うん、わかった。えっと…わたしたちにできることはない?何でもやるよ」


そもそも白馬くんがそんな大変な目に遭ってるのにわたしたちだけのん気に遊んでられない。外に出ることはできないみたいだけど、何か力になれることがあるなら何としてでも取り組みたい。そんな気持ちで聞くも、白馬くんはあっさりと、けれど優しい声で答えた。


『大丈夫。さんは紅子さんと一緒にそこにいてくれるだけで』
「……」


…わかってたけど、無力だ。もどかしい気持ちでいっぱいになる。でも白馬くんの声がずっと緊張をはらんでいるのには気付いていたので、余計な足手まといにはなるまいと堪えた。
と、突然、紅子ちゃんが俯くわたしの腕を掴んで、グッと自分の方に引き寄せた。それから携帯を覗き込むように顔を近づける。


「白馬くん、のことは任せて。事件を解くのは、きっとあなたにしかできないんでしょうから。こっちの心配は私が引き受けるわ」
「え、紅子ちゃん?!…白馬くん!紅子ちゃんのことはわたしに任せて!二人でおとなしくしてるから!捜査、頑張って!」


いきなり紅子ちゃんが強く言うものだから驚いてしまった。しかもまるでわたしの面倒を引き受けたみたいな言い方をするものだから余計に。二人にそんな風に思われたくないとの焦りもあって負けじとわたしも白馬くんに激励を送る。
……。少し沈黙ができた。それから、携帯の向こうから聞こえた声は、今日の通話で一番柔らかいものだった。


『ありがとうございます。お二人とも、気をつけて』


「白馬くん…」ああやっぱり、わたしとってももどかしいよ。わたしが言ってしまうのは何様と思われるかもしれないけど、白馬くんは今、わたしと紅子ちゃんの命を背負ってる状態だ。わたしたちが無事にここを出られるかどうかは白馬くんにかかっている。いわば、人質だ。それを任された白馬くんの心情は計り知れない。不可抗力だとしても申し訳ない。


、私たちはわかり易いわ。ここから出なければいいんだもの」
「う、うん、それは簡単だよ、わたしたちは…」
「自棄起こして出て行かないように見張ってあげるから安心なさい」
「起こさないよ!」


思わず反論したけれど、紅子ちゃんがそんな軽口を叩くのは珍しい。受話口から白馬くんの小さな笑い声が聞こえてきて、白馬くんを安心させようとしてるんだと気付いた。…白馬くんだけじゃなくて、わたしもか。さっきから鳴っていた気持ちの悪い動悸は少し静かになっていた。今度は、一人じゃなくてよかったなあ。なんとなく、前に映画館のロビーに閉じ込められたことを思い出した。


「それで?白馬くんあなた、一つ目の「夜のカフェテラス」っていうのがどこなのかわかっているの?」最初こそ動揺していたはずの紅子ちゃんはすっかり元の調子を取り戻したらしく、白馬くんに捜査の手がかりであるヒントについて尋ねていた。さっきから白馬くんの声の後ろでは振動音がしていたから、車に乗って移動してるのはわかっていた。


『ええ。「夜のカフェテラス」はフィンセント・ファン・ゴッホが1888年に描いた風景画のこと。その絵では、淡いガス灯に照らされたカフェテラスの奥から馬車が向かってきているんです』


『ガス灯、馬車とくれば…日本で最初にガス灯が点けられた、馬車道で決まりです』自信満々に答える白馬くんの声に、わたしの嫌な動悸が収まっていくのを感じた。大丈夫、優秀な名探偵に、解決できない事件はないのだ。


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