モニターといっても機材と繋がっているものだ。当然システムにも異常が出る。僕は迷わずメインと思われるキーボードに手を伸ばし、プログラムの確認を試みた。操作していくと時間設定の部分を見つけ、画面に表示させるとミラクルランドの見取り図と共に小数点単位で表示される現在の時刻、そして22:00と表示される窓が出てきた。IDの爆弾は時間でセットされている。つまりここで止めない限り、自動で爆発するようになっているのだ。現在の時刻は20時44分17秒。まだ猶予はある、が、修理工を呼んだところで間に合う時間じゃない。
もう一つ出した小窓には縦に「TIME」「AREA」「SETTING」と三つの項目が並んでいる。キーボードを操作しながら上二つをクリックするがどちらもエラーの表示が出る。時限装置もエリア設定も解けないのなら、IDさえ外せればいい。思い、小窓の外にある「ID」をクリックすると、今度は「linked at time」の文字が。


「何やこれ?!」
「時間を解除しない限りIDのベルトも外れないってことでしょう…!」


クソ、損傷した部分が何を司っていたのかわかればまだ手の打ちようはあるものの…!現時点で起きてるエラーはすべてあれが原因のはず。だがプログラムを見る限りそこまで大きくダメージを受けてるようには見えない。一部復旧不可能な部分はあれ、システムはほとんど正常に機能しているのだ。しかし親機である依頼人のノートパソコンは頑なにエラーの表示をしている。一体何が壊れているんだ…?パソコンの方も特に故障は見られない、……!


「そうか、無線LANだ!」


ガッとパソコンを掴み向きを変える。「無線LANが故障してるなら、有線ケーブルを使えば正常に動くかもしれません!」左の肘置きにある黒いレバーを操作し、イスごとモニター側に引き寄せる。服部くんが使わない有線ケーブルをパソコンに差し込むと、思った通り画面が正常に戻った。よし、これならいける。パソコンから時限装置を解除するため、「TIME」をクリックする。


『パスワードを入力してください』


女性の機械的な声と共に画面中央に表示された小窓。服部くんが依頼人に振り返る。「おい、パスワー…」しかし最後までは声にならなかったようだが。


「…白馬、こいつ…」
「気絶してるだけでしょう」


イスを動かしたときから依頼人の意識は途切れていた。見なくてもわかる。おそらく事故の後遺症がここにも出ているのだろう。パスワードを忘れた場合のヒントは用意されているため、構わず下部の「HERE」を押す。するとさらに別の小窓が現れた。


 The name of person who loves most? 

『あなたが一番愛する人の名前は?』


眉間にしわを寄せる。下には入力エリアがある。ここに名前を打ち込むのだろう。「伊東が惚れてるのは清水麗子!」服部くんの台詞に頷き、打ち込みエンターキーを押す。


 PASSWORD ERROR 

『パスワードが違います』


「なっ…?!」
「こいつがすきなんは清水麗子とちゃうんかい?!」


動揺する僕らを置き去りに、表示されたエラーの文字が消え、再び英文が並ぶ。


 Next,the system down if making a mistake. 

『パスワードが違います。次にパスワードを間違えるとシステムが終了します』


間違えられるのは一回までか。システムが強制終了されたら次にここに辿り着くには何分かかるかわからない。次で決めなければ。充満する緊張感に動悸がしていた。息が詰まる。

伊東氏が愛する人は清水麗子じゃなかったのか。自分が西尾氏射殺事件の犯人であると確信していた彼がわざわざ探偵を集め、こんなことをしてまで自分の首を絞めたのは彼女をすきだったからのはず。無実の罪である清水麗子は警察の厳しい取り調べによって自ら命を絶った。そんな彼女の無念を晴らしたい、彼はそう思っていた。これまでの彼の言動で明らかだ。その清水麗子以外で、彼は一体誰を愛したというのか。


「………」
「おい、白馬?」


思いがけない答えにたどり着き、半ば放心した状態で画面と対峙する。彼が一番愛する人。「話すことといえば自慢話ばっかり」清水麗子の台詞。
ここまでした動機が、彼女以外のためでもあるとしたら、残るはもう、一人しかいないじゃないか。

キーボード上に置いた指を動かす。「おい?!何打ってるんや白馬!」下の名前まで打ち込み、フルネームを完成させる。…伊東末彦。この名しかない。エンターキーを押した。
[57010]現れた5桁の数字をドラッグでパスワードの入力エリアに持っていく。読み込むような電子音の末。


時が、止まった。


『タイマーは解除されました』


画面に表示される時計が20:46:19:05で停止していた。「……止まった…」二人同時に脱力する。


「…終わりか」
「ええ…これで、終わりです」


「ID」をクリックし、ベルトをオフにする。自分のを試してみると、思った通り簡単に外れた。服部くんのも同様だ。念のためエリア設定も解除できるかと試してみたがそれはできなかった。まあこちらは、爆発物処理班を呼べば解体できるだろう。時間設定とベルトを解除できただけで十分だ。あとはこのことをさんたちに伝えれば。携帯を取り出したポケットに一旦IDをしまい、さんに発信する。視界の隅で服部くんも携帯を操作しているのに目が行き、何となしに向くと思わず顔をしかめてしまった。


「君、出血がそろそろまずそうですが…」


左腕の袖が被弾箇所から下へ血で真っ赤に染まっていた。失血死とまではいかないだろうが昏倒の恐れはある。救急車は一台しか呼んでないのに君まで倒れたら大変だ。「あ?こんなもんかすり傷や」何でもないことのように言ってのける彼の額にはうっすらと脂汗が滲んでいる。大丈夫そうには到底見えない。しかし、と続けようとした瞬間。

また鈍いサイレンが響いた。


「?!」


反射的にモニターを見上げる。画面上部に赤と黄色の点滅で[!! CANTION !!]と出ていた。「今度は何や?!」服部くんの声に呼応するかのように、女性の声でシステムが答えた。


『メインゲートに ナンバー7が近づいています』
「はあ?!誰やねん?!」


バンッと台に手をつきモニターへ身を乗り出す服部くん。画面は再び動き出し、ローマ字表記のフルネームと共に顔写真が映し出された。
信じがたい光景に、息を飲んだ。


『ナンバー7


さん…?!」耳から携帯を離す。一向に出ない電話の相手。さんがゲートに近づいている?


「何でや?!姉ちゃん知ってんねやろ、これが爆弾やって!」
「ああ、だから自分から外に出るはずが…」


だとしたら、誰かに連れられて?しかしさんのそばに他のID反応はない。IDを持たない知り合い?それならばなぜ紅子さんは止めないんだ。いや、他のIDと思われる反応もおかしい。なぜ彼女から距離を置いて固まっているんだ。思考を働かせる間にもさんのID反応はじわじわと、今も少しずつゲートに近づいていっている。まずい、このままじゃ。


「ここで考えとっても埒明かん!行くで!」
「、ああ!」


服部くんに引っ張られる形で部屋を飛び出す。巨大モニターのある部屋に戻ると気絶した高田氏を抱え揺すり起こす毛利さんと鉢合わせた。彼に奥の二人のことも頼み、すれ違う。毛利さんが乗ってきたのであろうエレベーターはまだこの階に止まっており、下向きのボタンを押すとすぐに開いた。幸い一階までノンストップで降りることができ、着くなり飛び出し、ロビーのミラクルランド側に開く自動ドアを抜けた。メインゲートは目の前だ。


「…なんや…?!」


異常事態にはすぐ気が付いた。警備員が何人も展開し、ゲートの外から中の様子をうかがっているのだ。その中心にいる男はこちらに背を向け、園内から後退している。どうやら警備員は彼を捕らえようとしているようだ。しかしそれならなぜすぐさま跳びかからないのか。考えながらもっと近づくと、ゲートの向こう側に、人混みの中に目暮警部や紅子さんを捉えた。蘭さんと和葉さんも見える。彼女たちは依頼人の部屋で見たのと同じ位置にいる。

さんは、)

次の瞬間全てを把握した。背筋がスッと冷える。おそるおそる視線を動かし、騒ぎの中心にいる男の後ろ姿を捉える。よく見ると男の両手は不自然にも塞がれていた。わずかに視線を下げ足元を見る。
さんが捕まっている。人質になっている。気付くと叫んでいた。


さん!!IDを外してください!!」


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