「…なんだと…?!」


思った通り、驚愕ではなく憤怒の感情を露わにした依頼人。肘置きに置いた手が固く握り締められたのがわかった。「清水麗子は西尾殺害の罪をあんたに被せ、事故に見せかけあんたまでもを殺害しようとしたんや」「嘘だ!私がトイレから西尾を撃ったんだ…!おまえたちも警察と一緒なのか…?!無能なのか…?!」彼の声に顎を引く。やはり彼は間違った思い込みをしていた。自分が西尾氏を殺害したと思い込んでいる。犯人は伊東末彦。そう探偵に断言してほしかったのだろう。それだけのためにこんな大掛かりな、愚かなことをしてみせたのだ。


「確かにあなたはトイレからライフルを撃った…清水麗子さんが撃ったあとでね」
「なに?!」


もう終わりにしよう。証拠はそろっている。…いや、最初からそろっていた、の間違いか。
僕たちはそれから、犯人を清水麗子と断定するに至った見解を述べた。もともとあのライフルに装填できる弾は八発。しかし実際に伊東氏が撃った弾丸は全部で七発だった。当然彼は八発撃ったと主張してきたが、薬莢も拾わず慌てて逃げた人間が、自分で何発撃ったかを正確に覚えていることは難しいだろう。
僕たちの推理はこうだ。残りの一発は、伊東氏が使う前に消費されていた。清水麗子、彼女によって。それも彼女は、西尾氏の頭を正確に撃ち抜き即死に至らしめ、なおかつイスに座ったままの状態をキープさせた凄腕のスナイパーだ。
伊東氏は西尾氏がすでに絶命していることに気付かず、清水麗子が撃った狙撃地点から同じように西尾氏目がけて残りの弾丸全発を撃ち尽くした。そのうちの一つが偶然イスのキャスターを撃ち抜き、伊東氏の遺体はバランスを崩し床に倒れた。それを見た彼は、自分の弾が命中したと思い込んだというわけだ。


「だったら、私の撃った弾が偶然西尾に当たったとも…!」
「アホか。そんなに乱射されてイスに座ったまま逃げへん奴がおるかい」
「じゃあ、最初の一発目が偶然当たって…!」
「残念ながらそれも有り得ません」


彼の主張は現場の状況が否定している。西尾氏が死亡時に座っていたイスの背についた血痕は、座面に対して垂直に流れた状態のまま凝固しているのだ。つまり、流れ出た血が凝固したあとで、イスのキャスターを撃ち抜いた人物がいたということだ。
それだけではまだどちらが真犯人なのかわからなかったが、毛利さんから聞いた証人の言葉で確定した。トイレからカランカランという金属音が数回したあと、伊東氏がゴルフバッグを背負って慌てて出てきた、という証言だ。
金属音は薬莢がタイルに落ちる音。それが数回したということは、乱射したのは伊東氏の方。つまりスナイパーは清水麗子ということになる。ゴルフバッグの中には、チャーターアームズAR7が入っていたのだろう。


「犯行前、あなたはそのバッグを麗子さんから手渡されたのではないですか?」
「確かにそうだが…それでなんで麗子が撃ったと…」
「ライフルのスコープに残ってたんや。清水麗子が使てるレアもんのマスカラがな」
「そ、そんな馬鹿な…!」


彼女からバッグを受け取り、弾を撃ち尽くした伊東氏は、車ごとライフルを始末しようと埠頭に向かった。その彼の車に細工をして大破させたのも彼女だろう。動機はおそらく、奪った金の独り占め。彼女も現金強盗をした車に乗っていたことは、もはや自明の理であった。
逃走中に怪盗キッドに顔を見られた彼らはキッドの口を封じようとしたが、逆に路地裏に誘い込まれ、焦って発砲した。その道にはガバメントとライフルの薬莢が残っていた。つまり、運転手以外に共犯者が二人、車に乗っていたことになる。


「ま、この推理に使た証拠のほとんどが警察から聞いたもんや。毛利のおっちゃんが見つけた証人も、警察やったらもっと早よ見つけられるやろから、警察はこの真相がわかって、ほんで麗子に目ェつけてたんやと思うで?」
「つまりこの事件には最初から必要なかったんですよ。名探偵という役者はね…」


「さ、謎は解けたで。和葉たちのIDを外してもらおか」悔しそうに身体を震わせる依頼人の元へ、斧を再び担ぎ近づく服部くん。それに続くように、僕も立て掛けていた盾を持ち、歩み寄った。


「違う……麗子はそんな…嘘だ…嘘だ!!」
「嘘じゃないわ」


「!!」背後からの声に同時に振り返る。僕らがつい先ほどまで立っていた入り口に、茶髪のパーマをかけた女性が寄り掛かっていたのだ。高慢そうなその表情は写真に写る彼女とは程遠いが、間違いない、清水麗子だ。右手に握ったシルバーの拳銃を目で捉え、一歩後ずさる。


「やっぱり生きとったか」
「麗子…?麗子か!」
「あなたじゃ頼りなかったのよ。あたしのパートナーとしてね」


「それに西尾くんもね。彼は暴力だけ。長くいると、あたしの方が危ないでしょ?」片目を瞑ってみせる彼女に警戒心を強める。秘書の高田氏はどうしたんだ。発砲音は聞いてない。無事ではあるだろうか。


「伊東くんは気が小さすぎるわ。それに話すことといえば自慢話ばかり。面白くないのよ一緒にいて。…探偵を集めて、あたしの罪を被ってくれそうだったから生かしておいてあげたけど…それも今日で終わり」
「…!」


銃口がこちらに向けられる。咄嗟に掴んだ盾にハッとし、目を落とした。


「深山さんが管理してるあなたの財産、あたしが使えるようにしてもらったから」
「深山さんと…?」
「あの人も終わったわ。怪盗キッドにしてやられたのよ」


怪盗キッド。聞こえたその名に顔を上げる。あのあと深山総一郎と接触を図ったのか、しかし一体何のために?


「結局生き残るのは、あたしだわ!」
「! ちょお待てェ!」


咄嗟に盾を前に出す。発砲音と共に衝撃が来る。銃弾を弾いたのだ。思った通りこの厚さなら防げる。後ろに服部くんも身を隠し、断続的に乱射される弾丸をしのぐ。その弾は盾に当たることもあれば大きく外れ、後ろの機材に当たる音もした。身を守るものがこれしかない状況だ。さっきよりも分が悪い。


「じっとしとけ」
「え?」
「あれはワルサーPPK。弾は八発。全部撃ち終わったらすぐに蹴りつけたるわ」
「…頼もしい限りです」


相変わらず拳銃相手に強気な服部くんにはそう返しつつ、僕も心の中では弾数をカウントしていた。六…七、…八!


「今や!」


盾から姿を見せ斧を振りかぶる服部くん。しかし「ぐっ!」「!」発砲音と共に床に倒れこむこととなった。反射的に振り向く。清水麗子の左手には、ゴールドのデリンジャーが握られていたのだ。「ごめんねえ?あたし両利きなのよ」嘲笑の笑みを浮かべながらその小型拳銃を床に捨て、ワルサーPPKのカートリッジを入れ替える。まずい、完全に形勢が悪い。ちらりと床に落ちたデリンジャーに目をやる。せめて今捨てたあれを手にすれば。距離はそこまで離れていない。相手の隙が欲しい。そのためには、これだ。


「はあっ!」


僕は手にしていた盾を、彼女へ思いっきり投げつけた。


「っ?!」


唯一の防具を投げるとは思っていなかったのだろう、彼女は咄嗟に防御することができなかったようだ。呻き声と鈍い衝撃音が響くのを耳にしながら、僕は無我夢中で床に落ちた拳銃へ手を伸ばした。片手に収まる小型のそれを拾い上げ、その勢いのまま彼女に向ける。撃つつもりはない、威嚇になりさえすればよかった。


「……ん?」


銃口を向けた先、盾の下敷きになる清水麗子は床に倒れたまま動く様子はなかった。気絶…?まだ警戒心を緩めず一歩近づくと、尻もちをついていた服部くんが左腕を押さえながら立ち上がった。


「こいつ、よろけて思いっきり入り口の壁に頭ぶつけよったで」
「そ、そうなのか…」


あわよくば武装解除できればと思っていたのだが、結果オーライか。清水麗子の手から離れたワルサーPPKを一応回収し、とりあえず一息つく。「攻撃は最大の防御やったな」なぜか得意げに言う服部くんには、呆れた溜め息をついてしまったが。


服部くんの腕はかすり傷だったらしく、(それにしては服に血が滲んでいるのが気にかかるが)携帯で救急車を呼ぶ余裕はあるようだった。「ああ、大至急救急車一台頼むわ」清水麗子は彼に任せ、改めて伊東氏に近寄る。彼女の声が消えたからか身を案じる彼の様子から、目が不自由であることを確信した。事故の後遺症だろう。彼には清水麗子に気絶してもらった旨を伝え、IDを解除するよう再度申し立てた。しかしまだ認められないのか、それとも意地を張っているのか、彼は居心地の悪そうに顔を逸らすだけだった。仕方なく肘置きの近くに設置されていたノートパソコンに目をやり、そこに表示されている「ID」の箇所にポイントを合わせる。一度クリックすると小窓が開き、幾つかの項目が現れた。そのうちの一つに「CANCEL」の文字があるのを確認する。


「解除でいいんですね?」


それには小さく頷く依頼人。彼を横目で捉え、もう一度クリックした。


途端、濁ったサイレンの音が鳴る。画面にはERRORの文字が。


「なに?!」
「どうした?」


服部くんが後ろから覗き込む。「エラー…?」解除ができない、予想外の事態に動揺が走る。反射的に顔を上げる。目の前の光景に、舌打ちをしていた。

青白く浮かび上がるモニターの一つが、銃弾によって損傷していたのだ。


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